【映画コラム】わたしに会うまでの1600キロ

約3ヶ月間、アメリカの西海岸を南北に縦走するパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を歩き続けた女性の実話を元にした作品です。

シェリルが歩み続ける美しい大自然との対比で、それまでの荒んだ生活が回想として現れます。
ドラックに手を染め、手当たり次第、出会った男性たちと関係をもったあげく、優しい夫との結婚生活も破綻しました。

人生を立て直そうと選んだのが、長い期間かけて、アメリカ西海岸を歩いて横断するパシフィック・クレスト・トレイルだったのですが。

「本気で私を待っている人がいる訳じゃない」
一人で旅するのは寂しくない? と問われて、シェリルが答えたセリフでした。

さらなる回想のなかで、幼い頃、暴力をふるう父親から逃げるように離婚した母の姿が出てきます。

貧しいながらも、自分と弟を必死で育ててくれた母親。
「こーんなに愛してる。」
これ以上ないほど両手を広げ、母親は深い愛情を子供たちに伝えてくれたのです。

もう自分には、無条件で愛してくれる存在などいない。
突然の母との死別は、シェリルから生きていく術を根こそぎを奪っていきました。

ただ、いのちは自分たちが思っているように、死んだら終わりなのでしょうか。
シェリルが歩き続ける大自然の静けさのなかで、私は常に、シェリルの亡き母がそこに在るのを感じていました。

水が固体から液体、気体へとすがたが変わるように
いのちもすがたを変えて、存在し続けるのではないでしょうか

娘が困難に立ち尽くすとき。
肉体という固体として生きているあいだは、優しい言葉をかけ、体中で抱きしめてあげることも出来ます。

肉体から離れ、大自然のなかに溶け込んでいったいのちは、直接手を差し伸べることはできません。
のたうち回る姿をみても、そっと見守るしかないのです。

時には 光をたたえた川のせせらぎに
または 森の中を通り抜ける 千の風になって
変幻自在に、すがたを変えながら

履いていた靴を谷底に落としたり、暑さで脱水症状になりかけたり・・・何度も何度もトラブルに遭遇し、心が折れそうになったシェリルでしたが。
ここでリタイヤしよう・・・その誘惑を何度も振りきって、最後まで歩き抜きました。

砂漠や森、雪山と・・・酷暑から極寒まで体験しながら歩く シェリルの1600キロの旅は、次々と蘇ってくる回想を通して、目を背けてきたものを追体験するとともに、母なる大自然、その長き産道をとおって、生まれ変わる儀式だったのでしょう。

過去というへその緒を切りおとし、これからの自分に出会うための。