
【エッセイ96】限界は越えられる。そう、ほんの少しの支えがあれば。
「一人では、怖くて持ち上げられないんですよ」
お世話になったパーソナルトレーナーが、ジムでトレーニングをしているときに話してくれたこと。
毎日、朝から晩まで生徒に付き合って、重いバーベルをセットしたりするのは、大変じゃないですか?
そう尋ねると、
「いえ、そこまでしんどくはないですよ。ただ……」
ただ?
「ジムが終わってから筋トレするんですけど、ただ一人だと……」
一人だと、何だろう?
ヤル気が出ないとか?
「一人だと、限界を越える重さを持つのが怖いんですよね」
怖い?
思いがけず意外な言葉に、先を促す。
「今は最高で80Kgのバーベルを持ち上げられるんですが、それ以上のウエイトを持ち上げないと、当然筋力はアップしないんですよ。でも、一人でトレーニングしていると、限界ギリギリのウエイトを持ち上げられなかったとき、誰も助けてくれない。結構、危険なんです。それを考えると怖くて、なかなか限界以上のバーベルを持つのは難しいんですよ」
なるほど、限界ギリギリを攻めないと筋力はつかない。
でも、一人だと持ち上げられなくなったときに誰も助けてくれない。
それは怖いし、躊躇する。確かにその通り。
でも、そんな80Kg以上のバーベルを持ち上げるとなると、補助する人も相当筋力がないとダメなのではないか?
そんな疑問をぶつけると、
「いえ、補助は、そんなに力はいらないんですよ。ほんのちょっと支えてくれるだけでいいんです。仮に90Kgにチャレンジしていて、ダメだったとしても80Kgは持ち上げられるから、補助の人は10㎏の力で支えてくれるだけでいいんですよ」
おぉ、そうか!
重いバーベルを持ち上げるには、補助も力が相当ないとダメだと思っていたけど、そうでもないんだ。なるほど~
このジムでの何気ないやり取りを、家に帰ってから振り返ったときに、ハタと気づいた。
「そうか、筋トレの補助って、まさにコーチがやっていることじゃないか!」
コーチングでは、クライアントは、自ら立てた目標を達成するために、計画を立てて、様々な行動に取り組む。
このとき、クライアント自身が一人でもできそうな目標を立てることは、あまりない。
それならコーチはそもそも必要ないからだ。
一人では乗り越えるのが少し難しいかもしれないチャレンジ感のある目標を目指すときこそ、コーチの出番だ。
ある意味、目標を達成するために、自分自身に負荷をかけ、力をつけるためにコーチを雇うのだ。
それが分かっているから、コーチはクライアントにチャレンジを促す。そう、ジムのトレーナーが「赤木さん、じゃあ今度は、このバーベルを持ってみましょうか」と、前回よりも重いバーベルを背中にのせるように。
クライアントは、「えぇっ~、そんなのムリですよ~」と口では言うが、内心、嬉しそうな様子も伝わってくる。
そう、コーチは知っているのだ。
クライアントの持っている力を。
今の自分でも十分うまくできることをやるときに、他の人の力も支えも必要としない。
ラクラクと持ち上げられるバーベルなら補助なんかいらない。
だが、自分の限界を越え、慣れ親しんだ世界から一歩越えようとするとき、どんな人であっても必ず怖れが湧いてくる。
引き返す理由なんていくらでも見つかる。
戻ったところで、今のところにとどまったところで、誰も何も言わない。
でも、自分だけは知っている。
本当はもう一歩踏み出せたのに、怖くて引き返してしまったことを。
そのとき、コーチはそばにいて、
「大丈夫だよ。もう一歩踏み出してごらん」
と見守っている。
そう、コーチは知っているのだ。
クライアントの持っている本当の力を。
そして、一歩踏み出したとき、人は自身の限界を越える。
それは、世界が広がる瞬間。
人は誰も皆、冒険者だ。
慣れ親しんだ世界を越え、まだ行ったことのない世界、見たことのない世界を見ようとしている人は、皆、冒険者だ。
未知の世界だから、予想していないこともたくさん起きる。
上手くいかないこと、思うようにならないこともたくさん起きる。
一人ではくじけそうになることもあるだろう。
心が折れそうになるかもしれない。
やろうと思っても、怖くてなかなか一歩踏み出せないかもしれない。
そんなときに、
「大丈夫だよ。もう一歩踏み出してごらん」
と、ほんの少し支えてくれる存在が、あなたのそばにいてくれたとしたら、きっとあなたの冒険の旅は、もっとワクワクするものになるだろう。
人は誰も皆、冒険者だ。
そして、人は誰も皆、誰かの応援者だ。