【エッセイ99】人生を一変させた「信頼」という名の贈り物

「どうしたんだい、赤木君。あんな仕事をするなんて……」

新卒で入った会社で半年余りたったころのこと。

少し仕事にも慣れて、良い意味で要領もつかめてきた。
だが、悪い意味でも要領よく仕事をこなすようになっていた。

ある日、仕事でミスをした。
何のミスだったかも覚えていないので、さほど大きなことではなかったのだろう。

だが、今でもしっかりと覚えていることがある。

「手を抜いた」ということを。

何の仕事だか覚えていないくらいだから、その仕事を軽んじていたことだけはハッキリしている。

それが、上司にバレた。

「赤木君、ちょっといいかな? あの仕事の件だけど、今、時間ある?」

あっ、これは叱られるな。
まぁ、仕方がない。手を抜いたのは事実だから言い訳の余地もない。

腹を決めて、フロアの一番奥にある給湯室に向かう。

「まあ、座れよ、赤木君」
「はい、失礼します」

「ところで、あの仕事の件なんだけど……」

ここはもう素直に謝ろう。自分が悪かったのは間違いないんだから。
叱られる前にこちらから誤れば、そこまで怒られることもないだろう。

そう思って、先手を打とうとしたとき、上司から発せられたのは、まったく思いもしない言葉だった。

「どうしたんだい、赤木君。あんな仕事をするなんて…… 君らしくないよね」

「えっ、あっ、はい。いい加減な仕事をして、すみませんでした。これから気をつけます」

「うん、そうか。よろしく頼むよ」

「えーっと、それだけですか?」

「うん、それだけ。じゃあ、仕事にもどろうか」

てっきり叱られると思っていた。叱られて当然だとも思っていた。
叱られたとしても、きっと素直に上司の話をきいて、仕事の仕方を改めたと思う。

だが、上司は僕を一言も叱らなかった。

ただ、

「どうしたんだい、赤木君。あんな仕事をするなんて君らしくないよね」

そう言ってくれたとき、
なぜだかわからないけれど、
胸の奥底から熱いものがこみあげてきた。

それから、仕事に対する姿勢が変わった。

お客さんに喜んでもらいたいという気持ちは元々あった。
が、職場の中に「この人のために頑張りたい」と心から思える人が初めてできた。

誰かのためにという純粋な気持ちは大きな力になる。

翌年、最優秀社員賞をもらい全社員の前で表彰された。
自分の仕事ぶりが認められたようで嬉しかった。
でも、それ以上に、仕事に対する姿勢を変えてくれた上司にお返しできたようで嬉しかった。

あれから20年以上過ぎた。

「どうしたんだい、赤木君。あんな仕事をするなんて君らしくないよね」

今でも折に触れて、あのときの上司の声が給湯室での光景と共に脳裏によみがえる。
そのたびに、胸の奥底から暖かいものがこみあげてくる。

胸の奥底からこみあげてくるもの。

それが何なのか、当時はわからなかった。
でも、今ならわかる。

あの言葉の奥に込められた上司からのメッセージ、それは……

「赤木君が誠実な仕事をする人間だということを、オレは知っているよ」

という、僕という一人の人間に対する深い深い信頼だった。
僕が僕自身を信頼するよりも、はるかに大きな信頼。

それを僕に寄せてくれていたのだ。

そのことに気づいた僕の魂が震えたのだ。
あの日、胸の奥底からこみあげてきた熱いものは、きっと魂が流した喜びの涙だったのだろう。

今、プロコーチとして、クライアントさんの話を日々、聴いている。

コーチングセッションで話されることは、クライアントさんにとってチャレンジなことばかりだ。(そもそもクライアントさん自身で解決できることは、話題に上がらない)

クライアントさんにとって大事なことであればあるほど、挑戦しがいがあると同時に、「本当にできるだろうか……」という不安もまた大きくなる。

そんなとき、

「私は、あなたがこれまでも様々な困難を乗り越えて、今ここにたどり着いたことを知っている」
「これからも様々な困難がやってくるだろう。でも、それを乗り越えて前に進んでいくことを知っている」

言葉にすることはないが、この想いをもって相手と関わるとき、クライアントさんは不安を抱えながらも、一歩、また一歩と前に進み、ついには望む世界に到達する。

そんなクライアントさんの姿を何度となく見てきた。

心から相手に信頼されたという体験は、人生を一変させる力がある。

僕は、あの人から「信頼すること」「信頼されること」の力を、身をもって教えてもらった。
それは今も、そして、きっとこれからも、大切な贈り物としてずっと僕の心の奥底に残り続けるだろう。

あれから僕は、あの人にもらったギフトを、どれだけの人に贈ることができただろうか?
これから僕は、あの人にもらったギフトを、どれだけの人に贈ることができるだろうか?