ネタバレ注意です

アミストラはかく語りき 第53回目の映画は「ザ・サークル」です。

AppleやGoogle、Facebpokの創業者たちを彷彿させるベイリー役を演じるのは、名優トム・ハンクスです。

ジョブズを模倣したかのスピーチも、すっかり堂に入ってます。

では、あらすじをどうぞ。(Yahoo!映画より)

世界一のシェアを誇るSNS企業「サークル」に勤めることになったメイ(エマ・ワトソン)。サークルの経営者ベイリー(トム・ハンクス)は、オープンでシェアし合う社会を理想としていた。
ある日、新サービスが発表され、メイは自らの24時間をネットワークで全世界に公開するモデルケースに選ばれる。
すぐさまメイは1,000万以上のフォロワーに注目されるようになるが……。

FacebookにTwitter、Instagram・・・私たちの生活に、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が入り込んでどれくらい経つのでしょうか。

美しい風景をみるとすかさず、シェアボタンを押すのが現代人の習わしとなりました。

すっかり日常は劇場化され、いいね!の拍手が鳴り響きます。

ただし、日常の劇場化といえども、自分の真実に迫ったものではありません。

今のSNSは、自分が他人に観てもらいたい日常だけを切り取り、劇場化できるからです。

「キラキラ偽装女子」という言葉があるように、”盛る”ことが可能なのですね。

IT企業「ザ・サークル」の創業者ベイリーから、ある提案を受けたメイ。

日常をシェアするのには変わりありません。

ただしその提案では、”盛る”ことは不可能です。

なぜなら常に小型カメラを装着し、(トイレ以外の)メイの24時間を全世界にシェアする、もっと言えば晒すからです。

 

ベイリーは確固たる信念のもとに、人類の透明化を目指します。。

「人は見られていないから悪事を犯す。隠すことは罪だ!」

プライバシーや秘密こそが罪であり、全てを人目にさらされれば、決して悪いことはできない。そして、平和な世界が訪れる!

ベイリーの言い分は、理屈では分かりますが・・・

映画ではトイレ以外の全てとされてましたが、仮に風呂や着替え、その他もろもろ最低限のプライベートは確保されたとしても・・・。

ショールームのなかでは、気が休まる時間はありません。

プライベートという概念を尊重する、今の価値観の私たちでは、到底耐えられない世界です。

 

しかし、あと数十年なのか、数百年後かは分かりませんが・・・。

もし仮に、ベイリーの言うような透明化が当たり前になっていたら、です。

その中で生きる人達が、21世紀初頭の私たちの暮らしをどう思うでしょうか。

プライバシーはあるけれど、隠し通せる分、悪事や犯罪は避けられません。

凶悪犯が捕まらないこともあるのです。

常に、”第三者の目”というお天道様がみている世界では、どうでしょうか。

全てが丸見えで、今よりは悪事は働きにくくはなります。

第三者の目が届かないところは、ハラスメントの温床になりがちですから。

 

とはいえ、今の私たちには丸見えの世界が桃源郷とは全く思えません。

ただし、です。

常に新しいもの、新しい概念は最初は抵抗を生みますが。

当たり前化してしまったら、もう前の世界がどうだったかすら忘れてしまうのです。

インターネットがいい例です。一般社会に登場して20年以上経ち、負の面も数多くありますが、メリットもたくさんもたらしています。

ネットは生活の隅々に浸透し、ネット前の暮らしはどうだったか・・・半ば忘れてしまってます。

 

もし全てが透明化する世界を、私たち人類が選ぶのなら、ですが。

それが可能かどうかは別としても。

いつ どこで 誰に見られても構わないほどの自分 

公明正大なる自分を創っていかざるえないでしょう。

これからの人々が、見える化に究極の安全を見出したのなら、少しずつそちらへシフトしていく可能性はあります。

その過程のなかで、価値観や信念が変わっていくかもしれません。

その世界では、プライベートを・・と言い出すと、「何か隠したいことがあるのでは?」と勘ぐられるでしょう。

全てが様変わりしたあとに、悪事も不透明なかつての世界に戻りたいとは思うかどうか・・それは分かりません。

 

人々の生活がガラス張りになったとしても・・・本当に誰しも、悪事を犯さないといえるのか?

安全性が担保される条件の一つが、映画のラストで示されました。

映画のラストでは、経営陣2人のEメールなどが多くの面前で晒されたのです。

「してやられたな・・・」

支配する側にも透明性を求められ、プライベートを晒されたベイリーは、苦笑いするばかりです。

評価が分かれる本作品ですが。

SNS、人々の日常の劇場化が突き進む未来の「おこりうる姿」を指し示したのかもしれません。