ネタバレ注意です

ダンケルク

アミストラはかく語りき 第54回目に取り上げるのは、クリストファー・ノーラン監督が手がけた戦争映画「ダンケルク」です。

戦争映画は心臓に悪いので、実は苦手です。しかし、人間を描く作品も多くてつい観てしまいます。

では、あらすじをどうぞ。(yahoo!映画より)

1940年、連合軍の兵士40万人が、ドイツ軍によってドーバー海峡に面したフランス北端の港町ダンケルクに追い詰められる。ドイツ軍の猛攻にさらされる中、トミー(フィオン・ホワイトヘッド)ら若い兵士たちは生き延びようとさまざまな策を講じる。一方のイギリスでは民間船も動員した救出作戦が始動し、民間船の船長ミスター・ドーソン(マーク・ライランス)は息子らと一緒にダンケルクへ向かうことを決意。さらにイギリス空軍パイロットのファリア(トム・ハーディ)が、数的に不利ながらも出撃する。

第二次世界大戦さなか、ドイツ軍の猛攻により英仏連合軍は、北フランスのダンケルクに追い詰められます。

時のイギリス首相ウィンストン・チャーチルは、ダンケルクからの撤退を決意。

民間も巻き込んでの救出作戦が行われ、33万人もの軍人をイギリスまで連れ帰ったのでした。

しかし、これらの背景を私が知ったのは、映画を観た後で調べたからです。

 

  • 陸-ダンケルクの海辺で救助を待ち続ける陸軍兵士
  • 海-兵士の救助のためダンケルクに船で向かう 民間人
  • 空-救出作戦を援護する イギリス人パイロット

陸・海・空、3つのシーンが交差しながら、ダンケルク撤退に向けて映画は進んでいきます。

予備知識が無い私には、差し迫った状況であること自体は分かるものの、映像からは全体像が見えません。

例えば今の戦況はどうなのか、なぜダンケルクを撤退することになったか、敵のドイツ軍はどこまで包囲しているのか、など。

今どきの映画なら冒頭のナレーションや、登場人物の説明口調によるセリフなどで、全体像が分かるようになっているのですが。

本作品はきっぱりと説明を投げ捨てたかのよう、陸で海で空での出来事を断片的な視点から映し出すだけでした。

ダンケルク浜辺の1シーン。海辺の桟橋で救助を待つ連合軍に、敵のドイツ軍が容赦なく桟橋めがけて爆撃してきます。

まるでゲリラのよう、そんなシーンの連続で、いつ何時、敵から攻撃されるか分かりません。緊迫感が高まるばかりです。

なすすべもなく救助を待つばかりの軍人とともに、1秒先も分からない行く末を見守っていました。

クライマックス、どうやら救出されたことは分かりましたが・・・。

うーん。これがベタなハリウッド映画なら、もっと感動的に救出劇を描くのに。
そうすれば、ベタに感動できるのになぁ。

すっきりしない後味が、しばらく心に残りました。

しかし時が消化をもたらして、味わいが変わったのです。

 

後世の人間がつくるからこそ、映画の中で全体的な背景も描き出せます。

その時代、今ここを生きた、一兵士や一市民が同じ視点に立つことはできませんし。

それは、指導者層であってもさほど変わらないでしょう。

本当はどうするべきだったか・・・最善策を語るのはいつだって、歴史を振り返った人間です。

その時々に下した判断が良い結果に繋がったとしても、「結果的」という言葉が常につきまといます。

 

「ダンケルク」は究極の生と死 時間との戦いだ
それがどんなものか 体感してほしかった

映画の予告編でノーラン監督が語った 熱い思いです。

絶え間なく襲う陸からの銃砲、空からの爆撃、海からの魚雷

いち軍人が戦場にいるというのは、どういうことか

否が応でも、体感せざるえませんでした。

自分たちが置かれている大局的な状況が分からないまま、なすがまま。

さらされ続ける命の危機に、右往左往するしかありません。

これこそがノーラン監督が映像化した世界です。

それは戦場だけに限ったことではありません。

今を生きる 現場の人間のリアルとも言えるのではないでしょうか。

 

そう、私たちは断片を生きるしかありません。

日々起こる出来事に、心を乱されながら

今、自分が取る行動が、下そうとする判断が、のちに後悔することになったとしても

その場その場で与えられた断片のなか、狭いなりに視野を目一杯広げて、最善を尽くすしかありません。

その断片を明日へと繋げていくのが、人生ではないでしょうか