アミストラはかく語りき 第59回目に取り上げるのは韓国映画の「新感染」です。

映画「新感染」

「いわゆるゾンビ映画だけど、すごく泣けるのよぉ~。超おすすめ」

普通のアクションものすら心臓にこたえる私は、いつもなら一顧だにしない題材ですが。

薦められたのも何かの縁、たまには目先を変えたものをと挑みました。

では、あらすじをどうぞ(Yahoo!映画より)

別居中の妻がいるプサンへ、幼い娘スアンを送り届けることになったファンドマネージャーのソグ(コン・ユ)。夜明け前のソウル駅からプサン行きの特急列車KTX101号に乗り込むが、発車直前に感染者を狂暴化させるウイルスに侵された女性も乗ってくる。そして乗務員が彼女にかみつかれ、瞬く間に車内はパニック状態に。異変に気づいたソグは、サンファ(マ・ドンソク)とその妻ソンギョン(チョン・ユミ)らと共に車両の後方へ避難する。やがて彼らは、車内のテレビで韓国政府が国家非常事態宣言を発令したことを知り……。

あぁ、出だし30分ほどで、後悔しました。

いかんせん、私がこんなにも「オカルト耐性」が低かったとは・・・。

「ゾンビ映画のなかでは、描かれ方はかなりマイルドで、オカルトが苦手な人でも大丈夫」

ネットの意見を真に受けたワタシ・・・甘かったです。

 

高速列車が発車する間際、狂気の病に感染した女性が駆け込んできたのが、本作品の始まりでした。

その女性が目をひん剥きながら、客室乗務員に食らいつきます。

今度は、噛まれた客室乗務員がゾンビ化。血走った目で乗客を次々と噛みつき、ゾンビを増殖させていくのです。

一転してパニックに覆われた車内。密室しかも逃げられない状況の中で、ゾンビと人間の絶望的な戦いが繰り広げられます。

まるで人殺しウィルスが人体に入り込み、細胞を次々と冒すように。

さっきまでの普通の人々が眼の前でゾンビに襲われ、断末魔の苦しみに顔をゆがめる。

やがて知性も意識も奪われ、ただ、人を喰らいつくだけの化け物がまた増えてゆく。

私にはグロすぎて気分が悪くなり、鑑賞後は食欲すら失せました。

個人的には散々な目にあったのですが・・・

それでも、このアミストラで取り上げがワケがあるのです。

 

高速列車内で感染したのは、ゾンビだけではありません。

極限状態のなか、ゾンビと戦う人間たちにも瞬く間に増殖するものがあります。

「恐怖」

未曽有の危機にさらされ、利己心がむき出しになるのです。

自分さえ助かればいい。邪魔なやつは消えてくれ。

恐怖が猛威を振るい、車内は殺意が充満しています。

ただし、ほんの小さな救いがありました。

大きな濁流に呑まれない人々もいたのです。

 

主役のファンドマネージャーのソグは元々、「ザ・ジコチュー」で、他人を顧みることはありません。

「パパは自分のことばかり考える・・・。」

一緒に列車に乗った娘にさえ、疎まれるほどです。

そんなソグも極限状態のなかで、心境の変化が起こります。

ともに乗り合わせた人々が、危険を顧みず、他者を助ける姿に
こんな緊急事態でも、自分の娘が他者に心を配る姿に

小さな感染がソグの心に優しく噛みついたのでしょうか。

ゾンビとは真反対に、利他へと変化を遂げました。

最後にソグが命をかけて娘に語りかけるシーンは、涙なしではみられません。

 

本作品はたしかにゾンビが題材ですが、現実世界にも既視感があります。

ひとたび、インターネットに目を向けると・・・。

不倫やハラスメントの当事者は、名もなき暴徒たちの、格好のエサとなっています。

憎悪というウィルスが猛威をふるい、当事者を徹底的に追い詰めるのです。

それでも・・・映画に出てきたソグ親子や妊婦とその夫、高校生カップルのよう

大多数に呑まれないひとたちが、ささやかに声をあげています。

その流れはせせらぎのようですが。

個人だけを責めても仕方がない。
彼らがそこに至った心理、そして個人の背景にあるシステムや空気を
感情に流されることなく、客観的に理解していこう。

インターネットの片隅で、そんな姿勢も芽生えているのです。

 

社会的動物である人間は、お互いを影響しあいながら生きています。

憎しみや怒りという破壊的なものに、感染しやすい生き物ではありますが。

一方で、大災害のときにみせたように、慈しみや助け合いの精神も人から人へと伝わっています。

大きな流れは変わらないとしても、です。

私たち一人ひとりの精神や行動は、特に身近にいるひとには、確実に影響を与えます。

ソレに対して責任を負っている、そう自覚したとしたら。

そして自分は、周りに何を感染していきたいのか・・・

まさかゾンビ映画で、そんな考えに至るとは思いもしなかったですが・・・きっかけを与えてくれた作品でした。