映画「LISTEN」

アミストラはかく語りき 第38回目の映画は「LISTEN」です。

「聾者(ろう者)の音楽」を視覚的に表現したアート・ドキュメンタリー、無音の58分間。

これは「LISTEN」公式サイトでのキャッチコピーですが、まさにその通りの作品です。

本作を知ったのは、前々回に取り上げた「FAKE」を観にいった際に、予告編を観たことからでした。

無音が広がるなか、身体からのほとばしりを表現する聾者の踊りが衝撃的で、頭が真っ白になりました。

今回は予告編の動画で、内容を紹介します。

身体、細胞、空気・・・あらゆる振動に身を任せ、赴くままに踊る聾者の彼ら。

最初のうちは、音もなく観客に迫ってくる映像に、得も知れぬ恐れが襲ってきました。

次第に慣れてきて、静けさのなかで寛げるようになったのです。。

 

本作品を観るなかで、ふと疑問が生じてきました。

聾者は本当に「音」が無いのだろうか?

聴者が当たり前のように認知していた以外の「音」「音楽」があるのではないか?

 

生まれつきの聾者が、鼓膜の振動からなる「音」を体験することは出来ません。

逆に、聴者も体験できないのです。

「無音」を。

音がかき消され静まり返った世界と、そもそも音が存在しない世界とは全くの別物だからです。

どれだけスクリーン上が無音であっても、観ている私は音声に囲まれてました。

吐息、鼓動、そして何よりも、心がたえず何かを話しかけます。

時おり出てくる字幕は、もちろん脳内音声でしか読めません。

さらにですが、スクリーン上の彼らの踊りに、勝手に効果音までつけてました。

一つひとつの動きに「ギュッ」「スッ」など、音を当てはめてしまうのです。

全くの無音で観ることは、私には一秒足りともできませんでした。

いついかなる時も「音」から離れられない、「音」への依存を思い知ったのです。

 

だからでしょうか。

無音の世界とはどういうものだろうか・・・と率直な好奇心が湧いてきたのです。

聴者である私はですが、心のなかで生じたことばを”音声”で感知します。

生まれつきの聾者は、どのように心のことばを感知しているのでしょうか。

例えば、映画のテロップのごとく、私が理解できる手段でなのでしょうか・・・

それとも、私では全く体感ができない方法でなのでしょうか・・・

 

「音のない音楽?・・・あると思う」

本作品「LISTEN」のなかに登場する聾者の女性のセリフです。

恐らく聴者が耳にする形での「音楽」は存在しないのでしょう。

しかし、聴覚に頼りきった人には出会えない、別の「音楽」そして「音」が在るのかもしれません。

 

他者 - 自分とは違う世界を生きる人と出会うことは、凝り固まる自分の尺度を、否が応でも広げてくれます。

他者とは障がい者だけではなく、風習が全く違う外国人や性的マイノリティなども含まれるでしょう。

そんな私にとって、本作品「LISTEN」はまさに、他者との出会いでした。

「音とは?」「音楽とは?」

従来の枠組みや概念を外さなければ、そのものに触れることは出来ません。

そのものを深めることが、自分の世界をひろげ、豊かさへとつながるのではないでしょうか。

 

クラウドファンディングで資金を集めたとされる本作。小規模ロードショーの作品なので、お近くの映画館では上映していないかもしれませんが。

それでも機会があれば、ぜひ映画館で観てもらいたいです。

この映画は、観る映画ではありません。

「音」に対して、全く別次元の体験ができる、貴重な作品なのです。