アミストラはかく語りき 第51回目に取り上げるのは、本年度アカデミー賞受賞作「ムーンライト」です。

ムーンライト

2017年度のアカデミー賞授与式。一度は本命視された「ラ・ラ・ランド」が作品賞に輝きましたが、なんと! 後になって訂正となったのです。

改めてオスカー像を手にしたのが、この「ムーンライト」でした。

前代未聞のアカデミー・アクシデントは、まだ記憶に新しいでしょう。

では、あらすじをどうぞ(yahoo!映画 より)

マイアミの貧困地域で、麻薬を常習している母親ポーラ(ナオミ・ハリス)と暮らす少年シャロン(アレックス・R・ヒバート)。学校ではチビと呼ばれていじめられ、母親からは育児放棄されている彼は、何かと面倒を見てくれる麻薬ディーラーのホアン(マハーシャラ・アリ)とその妻、唯一の友人のケビンだけが心の支えだった。そんな中、シャロンは同性のケビンを好きになる。そのことを誰にも言わなかったが……。

 

人種、貧困、いじめ、そしてLGBT・・・そんなフレーズで語られることが多い本作。

中でも、セクシャリティが最もクローズアップされています。

確かに、男性同士の愛撫シーンがありますし、主人公のシャロンは「同性愛者であり、その葛藤を抱えてた」とみえなくもないのですが・・・。

「ほんとうに そうなのか?」

私は、疑問が拭えませんでした。

 

本作は、シャロンの子供時代、青年時代、成人時代と、3つの時代で構成されています。

シャロンのセクシャリティがはっきりと表れるのは、青年時代でした。

子供の頃から同級生たちにいじめられ、高校時代も相変わらずですが

幼い頃からの友人・ケビンだけは、常にシャロンを気遣ってくれたのです。

そして・・・寄せては返すさざ波と、青い月明かりの夜にソレが起きました。

シャロンとケビンはお互いの身体をまさぐりあったのです。

 

月日は流れて、成人時代。

大人になったシャロンは故郷を離れ、かつての線の細さは見る影もありません。

筋肉隆々でにらみをきかせ、クスリの売人として生計を立ててました。

そんなシャロンの元に、一本の電話が。

長い年月を経て、シャロンとケビンは再会を果たしたのです。

すっかり変わり果てたシャロンの風貌に、ケビンは戸惑いを隠せませんが。

シャロンの瞳に宿る透明感だけは、失われませんでした。

「俺はお前に触られて以来、誰にも触られていない。」

頑なだったシャロンの心が開き、誰にも言えなかった胸のうちをケビンに告白したのです。

そして・・・ひとすじの光が指すエンディングへと導かれましたが。

 

シャロンの子供時代に、こんなシーンがありました。

「faggot って何?」

容赦のない同級生たちは内気なシャロンに対して、侮辱的な言葉を投げかけます。

faggot。

シャロンを気にかけてくれる男性ホアンに尋ねたところ、一呼吸おいて真摯に答えてくれました。

「オカマ(faggot)ってのは,ゲイのヤツらに不快感を与える言葉だ。」

さらに会話は続きます。

「僕はオカマ?」
「いや、違う。もしゲイだとしても、オカマなんて絶対に呼ばせるな」
「(僕はそうなのかどうか)どうやったら分かるの?」
「自分で分かる。たぶんな。」

オカマなのかどうなのかか--

自分のセクシャリティに思い当たっての疑問ではありません。

問いの発端は、あくまでも同級生たちから「faggot(おかま)」と囃し立てられたことでした。

さらに彼らは揶揄したのも、シャロンの内股気味の歩き方であって、セクシャリティからではありません。

年齢的にも、男性の方が好きだとかどうかなんて、まだ意識したこともないのでしょう。

 

そこで、私の疑問に戻ります。

果たして、シャロンはゲイなのでしょうか?

もちろん同性同士の行為に喜びを感じるのですから、その傾向はあります。

しかし、触れ合ったのはケビンとだけでした。

 

異性を愛するからヘテロ(異性愛者)、同性を愛するからゲイ・レズ(同性愛者)

つい分かりやすく二分しますが。

セクシャリティは全て、AかBかで分けられるとも限らないようです。

 

デミセクシュアル

この言葉を最近知りました。

欧米を中心にセクシャリティへの理解が進んだ結果、異性か同性かだけで、セクシャリティに判断がつかなくなったようです。

 

「(異性、同性問わず)強い感情的な絆がすでに築かれている関係の場合にのみ、人に対して性的に惹かれる」

これがデミセクシャルの特徴です。

もし普通のゲイであるならば、ケビンと別れた長い年月の間に、誰かと触れ合ってもおかしくありません。

しかもケビンは日常的に、客である男性と接する仕事です。

下っ端からは一目置かれる存在でしたし、相手には困らないでしょう。

これは私見ですが。

シャロンは興味を沸かなかったのではないでしょうか。

強い感情的な絆が築かれている人

それがたまたま男性であっただけで、愛する対象に男女の区別は無いのかもしれません。

 

「その時がきたら、将来のことは自分で決めろ。他の誰にも決めさせるなよ」

父のように慕っていたホアンが、シャロンに告げる言葉です。

ゲイの主役となると、大多数を占めるヘテロの人は、自分とは違う世界の人の話しに思えますが。

同性を愛するからゲイ

そんな 世間の枠を外してみると

ただ一人の人間を愛する 愛し続ける

それがシャロンなのです。

人生のなかで、その時がきたら 誰もが

自分を決めるのでしょう。