アミストラはかく語りき、第35回目の映画は、『わたしに会うまでの1600キロ』です。

wild

 

約3ヶ月間、アメリカの西海岸を南北に縦走するパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を歩き続けた女性の実話を元にした作品です。

では、あらすじをどうぞ。(yahoo!映画より)

砂漠と山道を徒歩で旅することにしたシェリル(リース・ウィザースプーン)。旅をスタートさせる少し前、シェリルは母の死を受け入れられず、薬と男に溺れる日々を送り、結婚生活は崩壊してしまう。シェリルは人生について思い直し、自分自身を取り戻そうと決意。こうして彼女は旅に出たが、寒さが厳しい雪山や極度の暑さが体力を奪っていく砂漠が彼女を苦しめ……。

シェリルが歩み続ける美しい大自然との対比で、それまでの荒んだ生活が回想として現れます。

ドラックに手を染め、手当たり次第、出会った男性たちと関係をもったあげく、優しい夫との結婚生活も破綻しました。

人生を立て直そうと選んだのが、長い期間かけて、アメリカ西海岸を歩いて横断するパシフィック・クレスト・トレイルだったのですが。

 

「本気で私を待っている人がいる訳じゃない」

一人で旅するのは寂しくない? と問われて、シェリルが答えたセリフでした。

さらなる回想のなかで、幼い頃、暴力をふるう父親から逃げるように離婚した母の姿が出てきます。

貧しいながらも、自分と弟を必死で育ててくれた母親。

「こーんなに愛してる。」

これ以上ないほど両手を広げ、母親は深い愛情を子供たちに伝えてくれたのです。

もう自分には、無条件で愛してくれる存在などいない。

突然の母との死別は、シェリルから生きていく術を根こそぎを奪っていきました。

 

ただ、いのちは自分たちが思っているように、死んだら終わりなのでしょうか。

シェリルが歩き続ける大自然の静けさのなかで、私は常に、シェリルの亡き母がそこに在るのを感じていました。

水が固体から液体、気体へとすがたが変わるように

いのちもすがたを変えて、存在し続けるのではないでしょうか。

 

娘が困難に立ち尽くすとき

肉体という固体として生きているあいだは、優しい言葉をかけ、体中で抱きしめてあげることも出来ます。

肉体から離れ、大自然のなかに溶け込んでいったいのちは、直接手を差し伸べることはできません。

のたうち回る姿をみても、そっと見守るしかないのです。

 

時には 光をたたえた川のせせらぎに

または 森の中を通り抜ける 千の風になって

変幻自在に、すがたを変えながら。

 

履いていた靴を谷底に落としたり、暑さで脱水症状になりかけたり・・・

何度も何度もトラブルに遭遇し、心が折れそうになったシェリルでしたが。

ここでリタイヤしよう・・・その誘惑を何度も振りきって、最後まで歩き抜きました。

 

砂漠や森、雪山と・・・酷暑から極寒まで体験しながら歩く シェリルの1600キロの旅は

次々と蘇ってくる回想を通して、目を背けてきたものを追体験するとともに

母なる大自然、その長き産道をとおって、生まれ変わる儀式だったのでしょう。

過去というへその緒を切りおとし、これからの自分に出会うための。