これまでの生活習慣を変えようとしたり、苦手なことに取り組もうとするとき、慣れていないことをするとき、出てくるのが「めんどくさいなぁ〜」という気持ちです。

この気持ちを押さえつけて、決めたからには何が何でもやるんだ!と意思の力で進むこともできますが、いつもできるとは限りません。(私はよく負けてしまいます...)

めんどくさいなぁという気持ちに負けたとき、「オレはダメだなぁ...」と自己嫌悪することもしばしば。そうなると更に気力が失われ、ますます動けなくなリ、自己嫌悪が膨れ上がるという悪循環に陥ることになります。

さすがにこのパターンを何度も繰り返すと、何かがおかしいと思うようになったのです。

そこで、このパターンを変えるべく、色々と試行錯誤を繰り返す中で気づいたことを書いてみたいと思います。

 

1.「めんどくさい」という気持ちはエネルギー(気力)が切れてきている合図である

クルマのガソリンが少なくなるとレッドランプが点灯するように、人間も気力が減ってくるとそれを知らせる合図が身体にやってきます。それが「めんどくさい」という気持ちです。クルマのレッドランプが点灯しても、少しの間は大丈夫ですが、早めにガソリンスタンドを見つけないとおそろしい事態になります。(以前、山道でガソリンが切れかけて、危うくJAFのお世話になりかけたことがありました)

同じように、「めんどくさいなぁ」という気持ちが出てきても少しは気力で動けますが、あるとき、パタッと動けなくなって無気力状態になってしまいます。(スマホのバッテリーが減っているのに充電しないと、突然、シャットダウンしてしまうようなものでしょうか)

「めんどくさい」という気持ちを否定しがちですが、この気持ちは気力(エネルギー)の低下を知らせてくれる大事な合図なんだと捉えることが、最初のステップになります。

 

2.「めんどくさい」という気持ちは、目の前のやることに対して、具体的な方法、やり方が分からないときに生じる

気力がそこそこあっても、「めんどくさい」という気持ちが出るときも多々あるのではないでしょうか。

重要な仕事に取り掛かろうとすると、ついついネットサーフィンしてしまう。宿題をしようと思うと、ついつい漫画を読んでしまう。(全部、私のことです(汗。。))

このとき、一体何が起きているのでしょうか?

よくよく観察してみると、何から手をつけたらいいかよく分からない。どういう段取りで進めていけば良いかが分からない。必要なツールが分からないし、どこで手に入れられるかも分からない、etc...

とにかく「分からない」と思ったとき、反射的に「めんどくさい」という気持ちが出てきていました。

「分からない」ことに対する答えを見つけようとしても必ず見つかる保証はありません。仮に探しても見つからないと、これまで費やした時間や労力が無駄になったと思って、徒労感がドッと押し寄せてくる。

その徒労感を味わわずに済むように、「めんどくさい」という気持ちがブロックしてくれていたように思います。

 

3.一度やったこと、取り組んだことであっても、「難しかった」「大変だった」というイメージが残っていることに対しては、「めんどくさい」という気持ちが出てくる

「難しかった」「大変だった」というイメージが残っていることというのは、思った以上にエネルギーを使った、つまり、疲れたという体験がかつてあったということです。なので、もうこんなに疲れることを身体にさせたくない! という脳の想いやりが「めんどくさい」という気持ちを作り出します。

確かに、その時、疲れた体験をしたのは事実でしょう。しかし、次もまた疲れるとは限りません。とは言え、またやっぱり疲れるかもしれない。そのリスクを冒すのは危険だと、脳が判断するのは致し方ないかもしれません。

とここまで書いてみて、「めんどくさい」という気持ちは、身体のエネルギー、気力を低下させないように脳が頑張ってくれていることなんだと、ちょっと愛しくなってきました。

で、結論としては、

「めんどくさい」という気持ちは、身体のエネルギーや気力が減っているという合図、もしくは、もっと減るかもしれないよという警告。

だから、せっかくの合図や警告を無視して、動けない自分に自己嫌悪してますます気力を失うというのは、本末転倒!

ということで、これからは「めんどくさい」という気持ちが出てきても、そう思った自分をダメな奴だと責めず、その奥にあるメッセージに耳を傾け、何を伝えたがっているのかを感じ取ろうとしてみてください。

めんどくさい→動かない→自己嫌悪→無気力...という悪循環を抜け出すキッカケが見つかるかもしれないですよ。