とあるコーチの物語~The story of a certain coach

第15話「とあるコーチの物語」

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「やあ、ヒロ、お待たせ、遅くなってすまない」

そういうとミヤモトはカウンターに座るヒロの隣の席についた。

「ミヤモト先輩、とつぜん呼び出してすいません」

「いやいや、オレこそ遅くなってすまない」

「ミヤモトさま、いらっしゃいませ」

「マスター、こんばんは」
そういいながらミヤモトはマスターから熱いおしぼりを受け取る。

「珍しいじゃないか、ヒロから声をかけてくるなんて」

受け取った熱いおしぼりで手をぬぐいながら
ミヤモトはそう言うとスタウトビールをオーダーした。

「実はミヤモト先輩に相談したいことがあって、
連絡させてもらったんです」

「相談ね」
「オレで役に立てる事なら何でも言ってよ」

相変わらずの気さくな笑顔でミヤモトは応える。

「そういえば退社して、コーチとして活動を始めたそうじゃないか」
「おめでとう」

「あ、ありがとうございます」

「で、相談って何だい?」

「実はコーチングの値付けのことで、ミヤモト先輩の意見を聞きたくて」

「ああ、料金設定についての相談だね」

「そうなんです…」

あれ?とミヤモトは思った。

ヒロ、どうしたのかな? なにかあったのかな? と思った。

なんとなくヒロがちょっと落ち込み気味に見えた。

ミヤモトはヒロに何があったのか
自分で言いだすまで様子を見ようと思った。

そして「コーチングの仕事の方はどうだい?」
「クライアントは徐々に増えてきてるんだろ?」と振ってみた。

「ええ、おかげさまで」
「コーチングスクールの先生や先輩コーチのおかげです」

「言われたことを言われたとおりにやっていたら、
気が付いたらいつの間にかクライアントもついて、
仕事として始まっていました」

「それはいい!」
「それはいい流れだね」
「どんなことを言われ、どう言われた通りにしたんだい?」

「そうですね…まずすぐにクライアントを持つこと」
「コーチングが上手になってからなどと言わず、
すぐにクライアントを持つように言われました」

「最初は会社の後輩にモニターになってもらっていたんですが、
数千円でもいいから有料でやるように言われ、そうしました」

「うんうん! いいね!」

「次に自分もお金を払ってコーチをつけるように言われました」
「そこでスクールに紹介してもらったコーチについてもらいました」

ミヤモトはうんうんと、無言だがうなづいた。

「それから、以前会社に勤めていた時にお世話になった
クライアントの方たちにご挨拶回りをしたんですが、
そこで「今何してるの?」って聞かれて…」

「そこでまたクライアントになってくれる人たちが出てきたんだね」

「ええ」
「更にその人たちからまた少しづづですが、
紹介をいただけるようになって….」

「それはすごくいい流れじゃないか」

「ええ、本当にありがたいことに」

「ヒロはスクールの先生や先輩たちが
こうしなさいと言ってきたことを、言われた通りにやったよね」

「そうしたら気が付いてみたら、自然と仕事としても始まっていたんだろ?」

「ええ」

「そこに大事なポイントがあるんだよ」

「え? そうなんですか?」

「ああ」
「ヒロはベスト・キッドって映画を観たことはあるかい?」

「ベスト・キッド…確か古い映画ですよね」
「80年代くらいの」

「そうそう」
「実はあの映画、成功でものすごく大切なことを伝えてくれている映画なんだ」

そういうとミヤモトはベスト・キッドについて語り始めてくれた。

ベスト・キッドは、いじめられっ子の少年が強くなるため、
空手の師匠の弟子となり、空手をマスターしていく成長物語だった。

主人公の少年は強くなりたくて、
空手の達人の老人に弟子にしてください!と頼み込む。

老人は「教えてやる代わりに、わたしがやりなさいと言ったことを、
言われた通りにやるか?」と問う。

空手をなにがなんでも学びたい少年は「やります!」と約束をする。

少年が老人の家に行くと、並んだ何台もの車を洗車しろと言われる。

右手で円を描くようにワックスをかけ、
左手で円を描くようにワックスを拭き取れ。

そう作業の指示を受ける。

空手を教えてもらいたい少年は言われた通り、
暗くなるまでかかって全部のクルマをピカピカにした。

できました!と少年は老人に報告する。

すると老人は「よし、じゃあ帰ってよろしい」と少年を帰らせる。

少年は「言われた通りにする」と約束していたので、
約束を守り、そして明日は教えてもらえるだろうと思いながら帰宅する。

ところが翌日老人のもとを訪れると、
今度は木の床をやすりで隅から隅まで磨けと言われる。

右手と左手で交互に、円を描くように床を磨けと。

少年は約束通りに老人の指示に従う。

そして作業が終わると「では帰りなさい」と帰らされてしまう。

翌日「今日こそは」と思いながら少年が老人のところに行くと、
今度は塀のペンキ塗りをやれと言われる。

右手と左手に刷毛を持ち、
スナップをきかせながら、丁寧にペンキを塗れと言われる。

少年は言われた通りに作業をする。

そして作業が終わると帰らされる。

こんな日々が幾日も幾日も続いた。

そしてある日、とうとう少年は怒り出す。

「僕は空手を習いに来たんだ!」
「あなたの召使になりに来たんじゃない!」
「いつになったら空手を教えてくれるんだ!?」

そう言って少年は老人に抗議する。

すると老人は「よし、ではそこに立て」と言い、少年を目の前に立たせる。

そして….突然老人は少年に正拳突きを打ってきた。

とっさに打ってきた拳を手で払う少年。

老人は次々に拳を繰り出す。

少年はその拳を流れるような手の動きで、さばいていく。

その動きは、あのワックスをかけたときの円を描く動きであり、
スナップをきかせてペンキを塗ったあの動きだった。

少年は老人に言われたことを言われた通りにやっていただけだった。

そして言われた通りにやっているうちに、いつの間にか身についていたのだ。

「ヒロがやったこともこれと同じなんだよ」
「言われたことを我流を加えず、言われた通りにやる」

「そしたら気が付いたときにはいつの間にかできるようになっていた」
「これが成功の大事な教えであり、知恵なんだ」

ヒロは自分が通ってきた道がそういうことだったのかと知って驚いた。

「うまくいかない人は、言われた通りにやらず
たいてい自分流、我流をやってしまう」

「しかも自分では言われた通りにやっているつもりになっているんだ」
「人は自分のことは本当になかなか見えないものなんだよ」

「ある意味、自分勝手なやり方を無意識に、無自覚にやって、
うまくいかないと言い出すんだ」

ヒロは感心しながらミヤモトの話に聞き入った。

「経営の神様の松下幸之助さんは、
素直さは成功の必要不可欠な条件、もっとも大切なことだと言ったというよ」

「言われたことを我流を入れず、言われた通りにやる」
「そうして気づいたとき、いつのまにかマスターしている」

「これがとてもとても大事な知恵なんだ」

ヒロはミヤモトの話を聞いて、
先生や先輩の言うことを言われた通りにやって本当に良かったなと思った。

「で、相談はコーチングの料金の値付けのことって言ったよね?」

ミヤモトはビロードのようなビールの黒に、
白くクリーミーな泡をたたえたスタウトを一口飲んでヒロの返事を待った。

「あ…ええ、そうなんです」

さっきまで明るかったヒロの顔がまた少し曇ったのをミヤモトは見てとった。

「値付けも先輩コーチの金額設定を手本にさせてもらいました」

「はじめは月4回5千円でやっていたんですが、
値段を上げなさいって言われて、それで先輩コーチの金額を参考にしたんです」

「いくらに設定したんだい?」

「最初月4回で2万円」
「そして2万5千円と段階を追って値上げさせてもらいました」

「で? クライアントの反応はどうだった?」

「基本、新しい紹介をいただいたときに、
その際に値段を上げていったんですが、
それまでクライアントになってくれていた方は、
値上げを機にやめられる方もいれば、継続してくれる方もいらっしゃいました」

「ありがたいね」

「本当に」

そこまで言って…また少しヒロの表情が曇った。

「で、料金設定の相談なんだろ? どんなことを聞きたいんだい」

「実は….」

ヒロはようやく話しはじめた。

「退社して、お世話になったクライアントの経営者の方のところに
ごあいさつ回りをしていた時のことなですが…」

ミヤモトは黙って、耳だけは真剣にヒロの話に聞き入った。

「ある経営者の方が、僕がコーチングをやっているんですと言ったら、
ぜひ自分も受けたいって言ってくださったんです」

「よかったじゃないか」

「ええ…そうなんですが…」

ミヤモトはヒロの次の言葉をせかさずに待った。
ヒロが自分の口で語りだすまで。

「いくらでやってくれるの?と聞いてこられたので僕は、
2万5千円ですとお伝えしたんです….そしたら…」

「そうしたら?」

ミヤモトはヒロの背中を押してあげるように促した。

「突然怒り出されたんです」
「君はそんな安物をわたしに売りつける気か!って….」

「そっか…それでちょっと落ち込み気味だったんだね」

ミヤモトにそう言われヒロは顔を上げるとミヤモトの方を向いた。

「やっぱりバレてました?」

「そりゃあわかるよ(笑)」

「やっぱミヤモト先輩には隠し事は出来ないな」
「なんでも見透かせちゃうんですね」

「何を言ってるんだよ(笑)」
「そんな表情していたら、誰だってなにかあったのかな? って思うよ」

「そんなにわかりやすかったですか?」

「知・ら・な・い・の・は・自・分・だ・け・さ(笑)」

こんな場面でも何気に深い返しをするミヤモトに、
ヒロは頭が下がる思いがした。

「なんでその経営者はそんなに怒ったんだと思う?」

ミヤモトはそう振ってきた。

「そんな安い値段を言いやがって、
誰に物を言ってるんだ!? そんなふうに機嫌を悪くされたんだと思います」

「なんだ、ヒロ、わかってるようでわかってないな」

「え?」

意外なミヤモト言葉に、ヒロは思わず驚きの声をあげた。

「ヒロはその人が、プライドを傷つけられて怒ったと思ったんだろう?」

「ちがうんですか?」

「バカだなぁヒロは」

「え?バ…バカですか? 僕?」

「その人、ヒロのために言ってくれたんだよ」

「僕のため?」

「ああ」
「考えてもみなよ、経営者にはたくさんの社員がいるんだよ」

「経営者の考え方、視点、在り方が変わるということは、
たくさんの社員の意識が変わるということなんだ」

「そして社員の在り方が変わり、行動が変わると、
その会社の業績が変わるだけでなく、
その会社のクライアントとの関係も変わるんだ」

ミヤモトの言葉にヒロは驚いた。
そんなふうには全然考えていなかった。

「安く値付けをしてしまときというのは、
自分の価値を理解していない時だよ」

ミヤモトの思いがけない言葉にヒロは一瞬言葉を失った。

「君は安物をわたしに売りつける気か!」

あの経営者の声とあの時の表情がフラッシュバックした。

僕はこの程度のサービスしかできません
そんなふうにとられるようなことを僕はあのとき言っていたのか…?

「勿論、根拠のない高額をつけるのはよくない」
「だけど価格設定は臨機応変に、その人の立場や状況にあったものを
設定するんだということを学ぶいい機会だよ」

「たとえば2万とか2万5千円という設定は
どんな根拠から来ているか理解しているかい?」

「あ…いえ、先輩コーチの設定を参考にしただけなので…」

「なるほど、じゃあなぜその人がその金額を設定したのか、
その意図までは聞かなかったんだね」

意図….そうだ。
その金額にしたのには意図があったんだ。

僕はそんなことに意識が向いていなかった。

「2万円とか2万5千円という設定をその人がしたのは個人向け、
つまりサラリーマンとか、個人でビジネスを始めたような人たち向けなはずだよ」

「あ」
言われてみれば確かに…とヒロは思った。

「その金額はね、自己投資のための金額なはずだよ」
「たとえばその人の仕事の手取り収入が25万円だったとしたらその10%、
そこから値付けをしたんだと思う」

ヒロは自分がそんなこと考えていなかったことに気づかされると同時に、
以前聞いた10%の話をいくつかを思い出した。

資産をつくっていくなら、まず収入の10%は使わず残すことを始めること。

インドなどの国での寄付や布施は収入の10%をするというのが、
常識、文化なのだとも聞いたことがある。

10%の自己投資…自分がすこし真剣になる金額。
そこから導き出された金額だったのか。

「さっきも言ったけど、無意味に高い金額を設定するのはよくないと思う」
「だけどあまり安く設定し続けると害になるんだ」

「害?…害ですか?」

「ああ」
「あんまり安い値段をつけると、自分はそれくらいの価値しかないと
知らないうちに自分にアファーメーションしているようなものなんだよ」

「え?」

そんなアファーメーションを自分は自分にしてしまうところだったの??

「それからもっと厄介なことがある」

「それはなんですか?」

「自分の中で値段を安くしていると、
やがてクライアントに対して、自分でも気づかなうちに
こんな値段でやってあげているのに! という思いを抱くようになる」

「そうして自分でも気づかないうちに、
クライアントを恨むようになってしまったりするんだ」

おそろしい…とヒロは思った。

「そしてさっきの経営者の話だけど」

「あ、はい」

「経営者には法人の価格設定が必要だよ」

「あ」

ヒロは自分がやらかしたことをやっと理解した。

「知っていると思うけど、経営者はコーチングや研修も
経費として計上することが出来る」

「そしてさっきも言ったけど、経営者はたくさんの社員を抱えている」

「経営者がコーチングを受けるということは、
経営者個人が自分のために受けるのではなく、
会社の業績の向上、会社で働く社員たちのため、会社のためなんだ」

「だから価格の設定も、根本的に考え方が違うんだよ」

そうか…相手は個人ではなく、企業だったんだ。

ヒロは人材育成の会社にいたときも、
会社で提供するセミナーの価格設定には、
個人向け、法人向けがあることを思い出した。

会社で学んでいたことだったのに。

ヒロは自分の思慮が浅かったことを恥じた。
そしてすぐにあの経営者のところに謝りに行こうと思った。

「そして…」

ミヤモトはまた語り始めた。

「ヒロはわかっていると思うけど、勿論無料はよくない」
「最初の頃に身内にモニターになってもらうのは別だけどね」

ミヤモトは少し真顔になった。
そして続けた。

「無料はなぜよくないのか?
それは相手の生命エネルギーを奪うようなものなんだ」

「すべての活動は等価交換なんだよ」

「とうか…こうかん」

ミヤモトはそれ以上この話はしなかった。

今のヒロにはまだミヤモトの最後の話はピンと来なかった。

ミヤモトはヒロに圧縮ファイルを渡したのだ。
タイミングが来たら開くファイルを。

ミヤモトのアドバイスを受けて…その後ヒロは価格設定を整えていった。

クライアントは順調に増えて行った。

そうしてやっていくうちに…コーチングは
体力の必要な仕事だと言うことがわかってきた。

集中して何人ものクライアントと相対する。

そこには責任があり、真剣な集中が必要だった。

これは5千円とか、そんな金額じゃとても割に合わない仕事だったんだ。

どんな仕事もそうだが、
コーチも大変なんだなとヒロは気づいた。

そしてヒロの仕事は順調に軌道に乗っていった。


Quest_15:あなたの商品・サービスは、どのような意図で価格を決めましたか? 

あなたがコーチとして、クライアントにセッションを有料で提供すると決めたとき、価格設定をどうするかも同時に考えたことでしょう。

あなたは、セッションの価格をどのような意図で決めましたか?

ヒロのように先輩コーチの金額を参考にしたという場合もあれば、世間一般の相場を参考にしたかもしれません。

また、個人と法人で価格を同じにするか、別々にするか悩んだことがあるという方もいるでしょう。

あるいは、駆け出しだから、他のコーチよりも低めに設定しないと、クライアントになってくれない。そんな意図から本当にいただきたい金額よりも低く提示したことがあるかもしれません。

すでに価格が決まっている人も、これから価格を決める人も、どんな意図で価格を決めたのか、決めるのかを改めて考えてみてください。

コーチではないけれど、自分の商品やサービスを顧客に提供している人も、同じように考えてみてください。