とあるコーチの物語~The story of a certain coach

第2話「とあるコーチの物語」

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ヒロは再び精力的に仕事に向き合うようになっていた。

季節風邪のようにヒロを悩ませた、
あの不明瞭な不安感のこともここしばらくはすっかり忘れていた。

なんだっただろう?あれ?

などとたまに思うこともあったが、
再びやる気と情熱を仕事に取り戻したヒロは、仕事に精を出し続けた。

仕事は楽しかった。
自分で望んで選んだ仕事だったから。

そう、この仕事はヒロが自分で喜んで選んだ仕事だった。

ヒロは学生時代からちょっと変わった男だった。

他の学生が遊びや恋愛、アルバイトに明け暮れていた頃から、
自己啓発の本を読みふけったり講演に通っていた。

学生の身分でありながら高額な成功教材も買って勉強していた。

勿論、一括で買えるわけないどない。フルローンだった。

教材の勉強会にもよく通っていた。

勉強会には勉強熱心なサラリーマンやビジネスマン、
企業家たちが集まっていた。

中には中小企業の社長や大手企業の重役の姿もあった。

そんな中、学生はヒロ一人だけだった。

ビジネスマンたちは若いヒロを見て口々にこう言った。

「若いのに勉強熱心だねぇ」「若いのに偉いねぇ」

ヒロはこれらの言葉をかけられ、嬉しかった。
褒められている気がした。

だが後になって思えば彼らが言った言葉の裏には、
君、変わってるねぇという意が込められていたのがわかる。

その頃のことを思うとヒロは思わず誰もいないのに、
恥ずかしく照れ笑いをしてしまう。

「ホント、変わってるよな、オレって(笑)」

ヒロの勤める会社は企業や企業家をクライアントに持つ、大手人材育成会社だった。

クライアントの中には誰もが名を知る大手企業もいくつもあった。

そんな大手企業や個人企業家に向けた、
セミナーや講座、講演を通して、
企業や個人がより高い目標を達成することをサポートし、
成果を上げる優秀な人材を育成することを提供していた。

ヒロが大学を卒業する時、成功者たちに触れたいと思った。

成功している人たち、一線で活躍している人たちに出会いたい、
彼らの生の声を聴きたいと思っていた。

ヒロが選んだ会社は、そんな思いにまさにうってつけだった。

毎日、大企業の創業者、重役たち、一線で活躍する企業家たちと面談し、
彼らの話を生で聞くことが出来るのだ。

かつてテレビで成功者たちが壁を乗り越え、
常識の壁を打ち破り、それまでの常識では考えられなかった
新たな境地、大きな成功を成し遂げる番組があった。

創業者や挑戦者たちの当時の話を聞く番組だった。

毎回とても感動的な内容だった。

ヒロはその番組が大好きだった。

人が見えない壁を打ち壊し、かつて誰もが不可能だと思った成功を見事なし遂げる。

そんな挑戦者たちの話に胸を熱くし、ワクワクした。

そう、挑戦者の成功物語が大好きだったのだ。

かつて飛行機の速度が音速に達していなかった1940年代。

音速は超えることが出来ないと信じられていた。

時速1000キロ。

その壁は超えることが出来ないと信じられていたのだ。

まるでアインシュタインが
光速の壁を万物は超えることが出来ないと定義したのと同じように、
音速にも見えない壁があり、超えることはできないと
まことしやかに信じられていた時代だった。

誰もが音速は超えられないと信じていたのだ。

だがチャック・イェーガーという一人の男が、この見えない壁を突破した。

それは歴史的瞬間だった。

イエガーが音速の壁を超えると次々と後続者たちは新記録を打ち立てた。

見えない壁は人々の頭の中にしか存在しない幻想だったのだ。

壁は存在しなかったのだ。

常識とはそういうものだ。

アスリートの世界でも誰かが見えない壁を越えると、
次々と後続者たちは壁を難なく超え、記録を塗り替えていく。

先駆者。

ヒロは彼らの物語が大好きだった。

この会社に入ってヒロは毎日創業者、
挑戦者たちの挑戦の物語を営業先で聴くことが出来た。

若いころ夢中になったテレビの内容を、生の声で聴けるのだ。

ヒロにとって毎日が充実していた。
毎日がやりがいに溢れ、楽しくて仕方なかった。

成績もよかった。

楽しかったのだからそれは不思議なことではなかったと思う。

仕事は大変なことも、勿論たくさんあった。

今の時代ではあまり考えられないことだが、
仕事が片付かず、帰るのが午前様になることも珍しくなかったし、
たまに帰れない日もあった。

さすがに午前様や帰れない日は嫌だったけれど、
でも仕事を嫌いになることは決してなかった。

人の成長や成功をサポートする。
そして創業者や挑戦者の生の声を聴くことが出来る。

そんな仕事が他にあるだろうか。

ヒロは自分の仕事に誇りを感じていた。

だが、ある日そんな充実したワクワクした日々に陰りが訪れた。

それはセミナーの受講者に感想をインタビューしていた時のことだった。

「今回のセミナーはいかがでしたか?」

ヒロは受講者の企業家に感想を求めた。

「いやぁすごくよかったですよ」
「こんなことに気づきました、あれからこんな成果が出ました」

そんな答えが返ってくることを期待していた。

ところが企業家から返ってきた言葉は予想とは違っていた。

「セミナーを受講した直後はすごくモチベーションが上がって、
すごくやる気なるんですよね」

「何でもできる!そんな気分になります」

「だけどね、続かないんですよ、そのモチベーションが」

え?

予想していた言葉と違う声を聴いてヒロは戸惑った。

「受講して三日間くらいは高いモチベーションを保っているんですよ、
だけど数日すると受講直後のモチベーションはしおれていって、
いつの間にか以前の状態に戻っているんですよね」

ヒロは返す言葉がなかった。

セミナー受講直後はやる気に溢れ、
高いモチベーションが湧き上がる。

だけど数日するとまた、以前のような状態に戻っている。

そんな話は今回初めて耳にしたわけではなかった。

長年、セミナー業界に籍を置いていて、
そんな話、そんな光景は何度も目にしてきた。

そしてなによりヒロ自身が身に覚えのあることだった。

だけど今までは心の何処かで「そんなのはその人の問題だろ」としか思わず、
今まで問題視も重要視もしていなかった。

それが今、目の前で「モチベーションが続かない」とあらためて言われて、
はじめてヒロはショックを受けた。

ヒロは目の前の企業家の表情を観た。

そこには困っている人の姿があった。

感想を述べてくれた企業家は誠実な人だった。
ただ正直に思いを述べてくれただけだった。
そして自分の悩みを正直に打ち明けてくれただけだった。

だがヒロにはこんなふうに聞こえた気がした。

「なんだ!高額の参加費を払っているのに、
モチベーションが続かないじゃないか!効果が続かないじゃないか!
これじゃあなんの意味もないだろう!
これじゃあ詐欺みたいなもんじゃないか!」

ヒロは胸がキューっと真綿で絞められるような感覚を感じた。

目の前の人は決してそんなことを言ってはいない。
だがヒロにはそう聴こえた気がした。

なんだかいたたまれなかった。

この日を境に、ヒロは自分がやっている仕事に疑念を抱くようになり始めた。

効果が続かないんじゃあしょうがないじゃないか。

高いお金を払ってもらって…..。

そりゃあ成果を受け取るのも成果を出すのも、
その人のその時の受け取り能力と自己責任には違いない。

だけど….それでいいのか?

….セミナーだけではダメなのか…。

ヒロは複雑な思いを抱くようになった。


Quest_02:モチベーションが変化した体験は? 

モチベーションは、何かのキッカケで波のように高くなったり、低くなったりします。
あなたが仕事でモチベーション高く取り組んでいたときのこと、あるいは、そのモチベーションが下がったときのことを思い出してみましょう。

  • どんなときにモチベーション高く仕事をしていましたか?
  • 高いモチベーションで取り組んでいたことが、何かのきっかけで下がったことはありましたか?
  • 自分の仕事や活動に、疑問や疑念を持ったことはありましたか? 何がキッカケでしたか?
  • 信じていたことに疑いが生まれたとき、どんな感情が湧いてきましたか?