とあるコーチの物語~The story of a certain coach

第9話「とあるコーチの物語」

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ヒロがコーチングスクールで学び始めて2週間が経った。

「やあ!ヒロ、お待たせ!」

声のする方に振り返るとミヤモトがこちらに走ってくる姿が見えた。

ミヤモトとバーで話してすぐに、
ヒロがコーチングスクールに申し込んだと聞き、
ミヤモトはヒロをランチに誘ってくれたのだった。

「この近くにお気に入りの洋食の旨い店があるんだ、そこに行こうよ」

「はい、ありがとうございます」

ヒロは応えながら、ミヤモトは先日のバーと言い、
いろんなお店を知っているなと思った。

一緒に仕事をしていた時は仕事一辺倒で、
そんなことには興味があるとは思っていなかった。

そういえばよくミヤモト先輩とは、仕事帰りに飲みに行ったな。

よく仕事の悩みや夢について話を聞いてもらったなと、
かつて一緒にオフィスで仕事をしていたころのことを思い出した。

そういえば….とヒロは思い出した。

「旨い焼き鳥の店があるんだ!行こうよ」

そんなことを以前も先輩は言っていた。

あの頃からミヤモト先輩は美味しいお店にもアンテナを張っていたんだ。

きっと…自分が楽しむためだけじゃなく、
一緒に行く人を楽しませるため、いつもそこにアンテナを張っていたんだ。

そんなこと、今まで考えたこともなかったな…
というか気づかなかったなとヒロは思った。

他者がどうしたら喜ぶかにアンテナを張っているミヤモトと
そのことに気づいていない自分のことを思って、
ヒロは今までの自分が視野の狭い人間だったのかもしれないと思い、
ちょっと恥ずかしく感じた。

そしてふと気がついた。

そういえば…先輩はいつも僕の話を熱心に聞いてくれていた。

ミヤモト先輩は僕の話にいつも耳を傾けてくれていた。
批評や評価をせず、傾聴してくれていた。

ミヤモトはあの頃からコーチ的な生き方をしていたのだ。

そのことに気づいて、
ヒロは目の前の男に対して尊敬の念が湧いてきた。

「ここだよ」

ミヤモトが案内してくれた店は、
郊外の住宅街の中にある落ち着いた店だった。

店内に入るとお金持ちたちの主婦たちだろうか、
お洒落な女性たちが楽しそうに食事しながらおしゃべりしていた。

「ミヤモト先輩、よくこのお店にはいらっしゃるんですか?」

ヒロの問いにミヤモトは片目をウィンクしながら、
「いい店だろ」と言った。

店員に案内されて席につくと、
あらためてヒロは店内を見回した。

よくみると主婦層のほかに、
ビジネスマンふうの男女の姿もちらほら見られた。

「集まるところには集まるべき人が集まるのさ」と
ミヤモトは笑みを浮かべながら言った。

ヒロは感心しながら店内を見回し、頷いた。

「場には周波数のようなものがあると僕は思っているんだ」

「周波数…ですか?」

ヒロは不思議そうな顔しながら聞き返した。

「ああ、類は友を呼ぶとか、
人は同質のもの同士が集まるって言うだろう?」

「ああ、聞いたことがあります」
「ある人の友人たちを集めて、その人たち全員の年収を足して、
人数で割ったら大体、同じ数字になるって」

ヒロはかつて仕事でインタビューした経営者から聞いた話を思い出していた。

「人は自分が自分と同質の者同士が集まっていて、
周りは自分と同じような人たちしかいないんだということになかなか気づかない」

「そして自分の基準で人や社会を判断し、それが世界だと思い込んでいるんだ」

「まさか自分が小さな池の中しか知らなくて、
それが世界のすべてだと思い込んでいるなんて想像がつかないものなんだよ」

確かに….とヒロは思った。

今いる店内を見回してみても感じものがある。

ワンコインのランチに集まるサラリーマン達が集まる店とは
確かにそこに流れる時間感覚、漂う雰囲気は違っていた。

少なくともここには慌ただしさの空気はなかった。

けしてどちらが優れているとか劣っているとかではないけれど、
そこにある本質的なものは、なにか違う気がした。

ただ慌ただしく時間に追われていては見逃してしまうものが、
人生の背後には流れている。
そんな気がした。

「そう、ここはそういう場所さ」
「集まるべき人たちが集まってくる場所なんだ」
「たまにこういう場所に来るのは、僕は大事なことだと思っているんだ」

「あのバーもですか?」

とヒロは問い返した。

「あそこは特別さ(笑)」

あの店は特別?

自分の知らないミヤモトの側面を知って、
ヒロはミヤモトがミステリアスな人物に思えてきた。

人を惹きつける人には、こういう側面も大切なのかもしれない。
ふとそう思った。

果たして自分もこんな雰囲気のある人間になれるのだろうか…?

「先輩はワンコイン・ランチのお店にはいかないんですか?」

ミヤモトが優雅な暮らしをしているような気がして、
ヒロは問いかけた。

その言葉にミヤモトはクスッと笑った。

「いや、急いでいるときはそういう店にも行くよ」
「けど今日、ワンコインの店に連れていったら、ヒロはどう思うんだい(笑)?」

そりゃあそうだなと思ってヒロも笑った。

そうこうしているうちに店員がオーダーを取りに来たので、
ヒロはミヤモトが勧めるミックス・ランチをオーダーした。

ミヤモト曰く、エビフライの鮮度と、
ハンバーグの焼き加減が絶品なのだそうだ。

「ところで、スクールの方はどうだい?」

オーダーを終え再び店内をキョロキョロと見まわしていたヒロに、
ミヤモトが切り出した。

「あ、面白いです! すごい面白い!」

「そいつはよかった!」
「本をヒロのところに忘れていった甲斐があるというものだね」
「まったく神様って言うのは粋な計らいをするもんだよな」

「ミヤモト先輩は神様を信じてるんですか?」

ヒロの問いにミヤモトはちょっと不思議そうな顔をした。

あれ、オレ、ヘンなこと言ったかなとヒロ思った。

そうしてビジネスマンらしくないヘンな話を思い付きで口にしたことを
ちょっと恥かしく思った。

ヒロの様子を見てミヤモトはニコッと笑顔になった。

「どうだろう?」
「わかんないや」とミヤモトは笑いながら言った。

「ただ、神様が本当にいるかどうかはわからないけど、
俺たちは自分が最善だと思うことをいつも選択し、やり続ける」
「それは変わらないだろう?」

「そうですね」とヒロも同意した。

と同時にアホなことを言ったなとあらためて自分をたしなめた。

そんなヒロの様子を見て、ミヤモトはまたニコッと笑った。

なんだろう?ミヤモト先輩。
不思議な人だなとヒロは思った。

「で、スクールのどんなところが面白いんだい?」とミヤモトは再び振ってきた。

「スクールがというより、コーチングが面白いです」
「面白くてしょうがないです」

ミヤモトはヒロの嬉しそうなリアクションに満足そうに頷いた。

「まず、自分の現状を把握し、整えること」
「これが僕にはすごく良かったです」

「それはコーチングというより、
スクールで教えてくれることだろう(笑)?」

「そうですね(笑)」

ミヤモトのツッコミにヒロは照れ笑いしながら、話を続けた。

「自分が気がかりに感じてることを曖昧なままにせず、
一度全部書きだして明確にしてみる」

「そしてそれらに優先順位をつけて、いつそれらを片付けるかを決めていく」

「これが僕には本当によかったです」

「だよな」

ミヤモトも「もっともだ」というように頷いた。

「人は自分が思っているよりずっとメモリ容量は小さいのさ」

「メモリ容量ですか?」

「ああ、たとえばパソコンを例に考えてみようよ」

「パソコンって目には見えなくても、
背後でなにかのプログラムが動いているときがあるだろ」

「で、その背後で動いているもので、どんどん動作は重くなる」

「人間も同じなんだ、普段気にしていなくても
なにか気がかりがあると、そっちにメモリ容量を喰われてしまうんだ」

「あの部屋片づけなくちゃなのに、そのままだなぁとか、
あの人にメールしないといけないのに、まだ出していないなぁとか」

「そんな些細なことの積み重ねが、
実はメモリ容量を喰って動作を重くしちゃうんだ」

ミヤモトの比喩はとても解りやすかった。
その通りだとヒロも思った。

「だけど人は日常の忙しさにかまけて、
そういうことを整理してクリアにしておくことがどれだけ大事なのかに、
なかなか気づかないのさ」

「そうして動作の遅い自分というパソコンで仕事を続けるんだ」

「そうしてそれが自分の限界だと思い込む」

なるほどとヒロは思った。
その通りだと思った。

動作が遅いまま仕事を続け、
いつの間にか動作が遅いことが自分のポテンシャルの限界だと考えるようになる。
まさか自分が気がかりによってメモリ容量を喰われていることに気づかずに。

「人は大事なことがあることに気づかず、
目の前のこと、目先のことにとらわれる」

「耳が痛いです(笑)」

ミヤモトの言葉にヒロはそう応えた。

「いや、これ、俺自身が自分に言っているのさ」
「人はホントに、自分のことは見えないものだからね」

ヒロは黙って頷いた。

「後、どんなところが面白い?」

ミヤモトの話題の振りにヒロは頷きつつ答えた。

「一つ気づいたことがあるんです」
「僕にはずっと不思議に思っていたことがあるんです」

「なんだい?」

ミヤモトは興味津々というふうに目を輝かせた。

「営業で、うちの社のセミナーを受講された経営者の方や
これからの見込み客である経営者の方のお話をうかがいますよね」

「ああ」

「僕は経営者のお話が面白いから
ずっと話を聞いていただけなのに、
話が終わるころにはよく喜ばれていたんです」

「ああ、君のおかげで頭が整理できたよ!
解決策がわかったよ!ありがとう!って」

「ほお」

「僕、ずっと不思議だったんです」

「僕はただ話を聞いていただけなのに、
なんでこんなに感謝されるんだろう?」

「感謝されることなんて自分は特に何もしていないのにって」

ミヤモトは感心しながら頷きつつ、ヒロの言葉に耳を傾けていた。

「そうして気づいたんです」
「あ、僕がやっていことって傾聴だったんだって」

「よくそこに気づいたね!」

ミヤモトは嬉しそうにそう言った。

「人の話を聴くなんて、
誰でもできることだと多くの人は考える」

「だけど多くの人は人の話を実は聴いていないんだ」
「いや、聴こえていないと言った方がいいかもしれない」

「相手の話を聴いているつもりで、
実は聴いているのは相手の言葉を勝手に解釈し、
脚色した自分の心の声なんだ」

「そしてその脚色は自分でも気づかないうちに自動的に行われる」

「だから自分がまさか聴いているのは相手の話ではなく、
自分の頭が勝手に解釈し、歪曲された【概念】だとは気づかないんだ」

実に的を得た解りやすい説明だとヒロ思った。
ミヤモトの観察眼、比喩力、それを言葉にして表現する力に
ヒロは舌を巻いた。

「話を聴くなんて誰でもできることのようだけど、
本当に人の話を聴くというのは、ある意味とても高度なことなんだよ」

「相手の気持ちに寄り添い、
相手の立場になって聴かないと聴こえてこないことがあるんだ」

ヒロは感心しながら頷いた。

そして自分の気付いたことをミヤモトが
解りやすく整理して話してくれていることに気がついた。

そうだ!今まさに先輩は自分の話を傾聴してくれていたんだ。
そして的確なフィードバックをしてくれているんだとヒロは思った。

「ヒロは経営者の人たちの声を傾聴していた」
「関心を持って聞いていたはずだよ」

「いや、お話が面白かったから聞いていただけですよ」
「感心させられるというか、学ばせてもらうことがいっぱいでしたから」

ヒロのこの言葉にミヤモトは少し真面目な顔になった。

そしてこう言った。

「その姿勢はとても大事なことなんだよ、ヒロ」

その瞬間、ミヤモトが威厳のある人に見えた。
なんだろう….奥深い威厳のある人格が表に現れて来たような
そんな印象をヒロは感じた。

「ヒロの会社の、営業の成績が上がらない他の社員をよくみてみるといい」
「優劣ではないけれどね」

「だけどそこから気づき、学ぶことはある」

ヒロは息を飲んでミヤモトの言葉に集中した。

「彼らは相手の話に耳を貸さず、
自分が話したいこと、つまり自分が営業で数字を
あげることしか考えていなかったはずさ」

「営業マンとして数字のことを忘れないのは大事なことだ」
「だけど目の前にいるのは心のある人間なんだ」

「人を数字でしか観なくなっているとき、
自分が人間性を忘れているかもしれないと気づかなければいけない」

ヒロは固唾をのんでミヤモトの言葉に耳を傾けた。

「ヒロもこれから目にすることになると思う」

「よくコーチになった者が陥るものに、
集客がうまく出来ないんですというのがある」

「だけどそのとき、自分には数字しか見えていない」

「クライアントがどうしたら最良の成果を出せるのか?という
最も大事なことを忘れてしまっているんだ」

ヒロは今の言葉を肝に銘じようと思った。

今までできていたからといって、気を抜くまいと思った。

「人は誰だって自分の話を聴いて欲しいものさ」

ヒロは頷いた。

「ヒロはパートナーに言われたことはないかい?」

「え?」

「わたしの話をちゃんと聞いてるの!って(笑)」

ヒロは自分のパートナーの怒った時の顔を思い出して思わず赤面した。

「先輩はないんですか?」

「そんなのしょっちゅうさ(笑)」

2人は大笑いで笑った。

ちょうどそこに出来立てのランチがやってきた。

「やあ!これは美味しそうだ!」

ヒロは嬉しくて思わず声をあげた。

その声に反応して、周りの主婦たちが一斉にヒロの方を見た。

ヒロは周りの視線を感じて思わず赤面した。

ミヤモトは笑っていた。

「さあ、熱いうちに食おうぜ」


Quest_09:あなたはどうしてコーチになろうと思ったのですか? 

コーチと聞いて、「私はお金をもらってコーチングをしていないから、コーチとは言えない」と思った方もいるかもしれません。

しかし、コーチングを仕事にするしないに関わらず、コーチングを学び、誰かに対してコーチングをしているなら、あなたはすでに立派なコーチです。

そう、コーチという肩書は、職業を表すだけではなく、生き方をも表すからです。

この問いは、これからも度々出てきます。

ですが、同じ問いだからといって、同じ答えになるとは限りません。
最初に出てきた動機の奥に、もう一段深い動機が隠れていることもよくあります。

なぜなら、答えは一つとは限らないからです。
何かになろうと思った動機も一つとは限りません。

改めて、この問いに向き合ってみてください。