とあるコーチの物語~The story of a certain coach

第6話「とあるコーチの物語」

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「ごめん、またせたな」

手洗いから戻ってきたミヤモトの声に、
不思議な雰囲気の紳士に見とれていたヒロは我に返った。

「ヒロはさ、この本のあの一節に何を感じたんだい?」

ミヤモトは戻ってくるとヒロに早速話題を振った。

ヒロは答えた。

「その人の求める答えは、その人自身の中にある…というあの一節のことですね」

「ああ」

この人はいつもながら人から話を引き出すのがうまい。
相手が話したくなるツボを自然体で突いてくる。

そうヒロは思った。

ヒロは少しの間、黄金色のビールが注がれたグラスを眺めた。
そして口を開いた。

「少し前、こんなことがあったんです」

「その方は経営者でうちの社のセミナーを受講してくださいました」

「僕はセミナーのアフターフォローで、
セミナー後どんな感じなのか、お話をうかがいに行ったんです」

ミヤモトは頷きながらヒロの話にじっと耳を傾けている。

ヒロは続けた。

「そうしたらその方が言われたんです」

「セミナー受講直後はやる気に溢れ、なんでもできる気がする」
「だけどそのモチベーションが続かないんですよって」

「あるあるだな」

「ええ、あるあるです」
「この業界ではどこでも耳にすることのある、あるあるです」
「でも….」

「でも?」

ミヤモトは静かな口調で聞き返した。

「今までは僕も、セミナーの世界ではあるあるのことだと思って、
気にかけませんでした」

「それどころか、モチベーションが続かないのは、
いつもその人の問題だと思っていたんです」

「だから今までは正直な気持ちを言うと、
なんだよ、自分のやる気のなさをうちのセミナーのせいにするなよなって
何処かで思っていたんです」

「正直だな(笑)」

ミヤモトがフッと笑顔になりながら相槌をうった.

「どうも(笑)」

ヒロもちょっと笑顔を浮かべながらこれに応えた。

「それで?」

「そう、それでなんですが」
「先日、モチベーションが続かないとこの経営者の方に言われたとき、
僕初めて思ったんです」

「この人、本当に困っているんだって」

ミヤモトは無言だったが深く頷いた。

「その方の話し方、雰囲気を見て僕は思いました、
この方が真剣で前向きで、誠実な方だということが」

「真剣に成果をあげられたいのに、
それができないことで本当に悩んでらっしゃるんだなって」

ミヤモトはまた深く頷いた。

「そこから悩みだしていたんです」
「自分の提供している商品は不完全なのだろうか…」

「いや、そうではなくて…
セミナーを受けられた後、モチベーションを維持して、
受講された方が望み通りの成果を出せる、そんなサポートは何かできないのか」

「そんなとき、ミヤモトさんが忘れていかれたその本が
ちょうど目に入ったんです」

「おお」

ミヤモトは小さく感嘆の声をあげた。

「そこであの一説に目が釘付けになったんだね」

「ええ」

「僕、その本を読まさせていただきました」
「夢中になってしまいました」
「探していたものはこれだって思いが湧いてきたんです」

ヒロはビアグラスを見つめながら話していた。

「その人の求める答えは、その人の中にある」
「その人の内にある、その人がまだ気づいていない答えを
その人自身が見つけることが出来れば、それは凄いことだなって思いました」

「その人の内にある答えを、導き出すのがコーチなんですよね?」

「ああ」

ヒロの問いかけにミヤモトは嬉しそうに答えた。

「ヒロ、すごいじゃないか」

「え?なにがですか?」

「クライアントがどうしたら幸せになれるか、
どうしたらその人が望む成果を出すことが出来るか、
相手の気持ちを考えているだろ」

「あ、ええ」

「お前、はじめからそんなヤツだったかい(笑)?」

ミヤモトはちょっとからかい気味にそう言った。

「失礼な(笑)!もともとですよ」

笑って応戦しながら、内心ヒロはミヤモトのことを
この人、人のことをよく見ているなと思った。

そう、以前の自分は自分が楽しいと思えること、
自分の業績、そんな自分のことしか考えていなかったように思う。

クライアントに良くなって欲しい。
望む成果を出して幸せになって欲しい。

そんな思いが、気がついたときには、
自分の内にも芽生えるようになっていたのだ。

「ミヤモトさん、どうしてコーチになろうと思ったんですか?」

グラスの中の残っていたビールを一気に飲み干すと、
ヒロはミヤモトに話題を振った。

「ヒロと同じさ」

「人は答えを本当は知っている….だけどそれがわからないんだ」

「不思議ですね」
「自分は本当は知っているのに、それがわからないなんて」

ヒロは少し驚きの表情を浮かべながらそう言った。

「だろ、そこがまた面白いのさ」

ミヤモトがそれに応える。

ミヤモトは続けた。

「その人の中にある答えを、その人と一緒に協力しながら導き出していくんだ」

「答えや活路が見えたとき、クライアントの顔がパッと輝く、
そしてクライアントが自分の力で問題を解決し、成果を生み出すんだ」

「こんなやりがいのある楽しい仕事はないよ!」

ミヤモトのこの語りに、ヒロはミヤモトが感じているワクワクする感覚が伝わってきた。

「大変なことはないんですか?難しいこととか」

「そりゃああるさ!」
「それはどんなことでも同じだろう?」
「だけどそれを超えていく面白さ、喜びったらないよ」

ミヤモトもそう言うとグラスに残っていたビールを飲みほした。

「ミヤモトさん、聞いていいですか?」

ヒロは少しあらたまった顔をしてそう言った。

「どうぞ」

「ミヤモトさんにとってコーチングの面白さってなんですか?」

ヒロのこの問いにミヤモトはしばし、
カウンターの向かい側に並ぶボトルの方を眺めた。

自分の内にある答えが浮かび上がってくるのを待つように…。

そして少しの間をおいてミヤモトは語りはじめた。

「その人自身が答えを見つけ、その人がその人自身の力で、
人生を切り拓いていく姿を見れること」

「そのサポートをできること」

「そして….」

「そして?」

ミヤモトは少しの間、宙を眺めていた。
そしてフッと笑顔を浮かべるとこう言った。

「推理小説の難問の謎を解く、名探偵の気分を味わえることかな」

「謎を解く喜びですか?」

「ああ」

ヒロはミヤモトが感じているワクワクする気持ちが
自分の胸にもバイブレーションとなって伝わってくる気がした。

ミヤモトの振動がヒロにも共鳴しているかのようだった。

「難問がやってきたときには時には、
これ解けるんだろうか?って思う場面もあるよ」

「だけど、きっと解ける、目の前のクライアントは絶対解ける、って思うのさ」

「解けない謎なんて絶対やってこないからね」

体験している人間の実感している言葉だ…とヒロは思った。

「マスター、今度はウィスキーをお願いします」

ミヤモトはマスターに声をかけた。

「なんになさいますか」

「うーん、そうだな、シェリー樽で、
後味が華のようにフワッとフルーティーにひらくようなのをお願いします」

ヒロはミヤモトの言葉を感心しながら聞いていた。

そんなオーダーの仕方があるんだって。

「かしこまりました」

そういうとマスターは顎に手を添えながら、
ウィスキーの並ぶ棚を眺めはじめた。

しばらくじっと眺めてから、マスターはパッとなにかが閃いたように、
何本かのボトルを選び、ミヤモトとヒロの前に並べた。

マスターはそれぞれのボトルが何処の蒸留所で蒸留されたものか、
何年熟成のもので、どんな特徴があるのかを、丁寧にミヤモトに説明した。

ミヤモトはマスターに勧められるまま、
ボトルから抜いたコルクの香りを嗅ぎ、慎重にどのボトルにするかを検討している。

少し間をおいてミヤモトは選択したものを決断した。

「これ!」

ミヤモトは人差し指で一本のボトルを指して言った。

「かしこまりました」
「飲み方はどうなさいますか」

「勿論、ストレートで!」

「かしこまりました」

ヒロはミヤモトの仕草の一つ一つを感心しながら観ていた。

こんな楽しみ方が人生にはあるんだ。

そう思った。

マスターはヒロたちの前にふたつのストレート(テイスティング)グラスを並べると、
それぞれのグラスに琥珀色の液体を静かに注いでくれた。

その所作は茶道の所作のように気品があり、美しかった。

こんな世界があるんだ。

「どうぞ」
「ベンネビスのコレクターズボトルです」

コースターが新しいものに交換され、
琥珀色の液体の入ったグラスが目の前に置かれた。

ヒロは鼻をグラスに近づけた。

アルコールのちょっとピリッとした刺激臭と
甘く華やかな香りが漂ってきた。

ミヤモトがグラスに唇をつけ、静かにひとくち口に含むのを見て、
ヒロもそれを真似て琥珀色の液体を口の中に含んだ。

はじめアルコール特有のピリッとした感触があり、
焦がしたアーモンドのようなほろ苦さが広がった。

ミヤモトの方を見ると、
まだ飲み込まずに口の中で液体を楽しんでいるようだった。

ヒロも真似てそうした。

すると!

突然香ばしくほろ苦かった液体に華が開いた。

甘いマンゴーのような、
フルーティーな華やかさが口の中で華開いた!

それはヒロが今までに体験したことのない意外な展開の「変化」の体験だった。

ヒロは思わず感動していた。

それはこれからのヒロの歩む人生を象徴しているかのような体験だった。


Quest_06:あなたはどうしてコーチになろうと思ったのですか? 

コーチと聞いて、「私はお金をもらってコーチングをしていないから、コーチとは言えない」と思った方もいるかもしれません。

しかし、コーチングを仕事にするしないに関わらず、コーチングを学び、誰かに対してコーチングをしているなら、あなたはすでに立派なコーチです。

そう、コーチという肩書は、職業を表すだけではなく、生き方をも表すからです。

この問いは、これからも度々出てきます。

ですが、同じ問いだからといって、同じ答えになるとは限りません。

なぜなら、答えは一つとは限らないからです。

何かになろうと思った動機も一つとは限りません。

最初に出てきた動機の奥に、もう一段深い動機が隠れていることもよくあります。

改めて、この問いに向き合ってみてください。