とあるコーチの物語~The story of a certain coach

第7話「とあるコーチの物語」

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バーでミヤモトとコーチングについて話してから、
ヒロの心の中にこれからの道を照らす希望の灯りのようなものが生まれた。

気が付いたときには暗い迷路に迷い込んでいたヒロの心に。

これまで無条件に満たされていた仕事への意欲、
満たされた日常、そこに突然暗雲が立ち込め、

今のままでいいのか?

いや、そうは思えない。

このまま今まで通りに歩んでも、
もう今までのようなモチベーションに溢れた日々は送れそうにない。

そんな暗い迷路にでもはまり込んだかのような日々の中、
気が付くと行き先を照らす灯りが自分の手の中にあった。

そんな感覚だった。

就業時間を終えたオフィスでひとり、
ヒロはミヤモトからペイフォワードされ贈られた、
あの本のページをめくっていた。

先を読むのが楽しかった。

ミヤモトと話したあの日、ヒロの気持ちは決まっていた。

コーチングを学ぼう。

コーチングを身につけよう。

そうヒロは心の中で決めた。

そこには明確な動機があった。

これならクライアントのこれまでの悩みが解消することが出来る。

セミナー後しおれてしまうモチベーションを
下げることなくフォローが出来、
クライアントに成果を出してもらうことがきっと出来る。

自分がずっと探していたものはこれだ。

そうヒロは思った。

欠けていたパズルのピースが

どうしても足りなくて完成できなかったパズルの絵の
最後のピースが見つかった気がした。

セミナー後モチベーションが続かず困っているクライアントはたくさんいる。

これまでそんな人たちにどんなサポートをしたらいいのか、
ヒロにはわからなかった。

困っている人たちがいるのに自分には何もできることがない。
そのことがヒロを苦しめていたのだ。

だがコーチングと出会い、これがあればみんなの力になれる。
サポートをすることが出来る。

その発見の喜びがヒロの心に内に育ち、大きくなっていった。
そしてその気持ちはどんどんワクワクとして育っていった。

ヒロがコーチングを学び、身につけようと思った動機はそこにあった。

これで独立してやろうとか、これで生計を立てようとか、
これで成功してやろうという動機はこのときのヒロにはなかったのだ。

ほんの数日前まで迷路に迷い込み、
とても抜け出られそうに思えなかった日々にふいに訪れた光明。

人生にはこんなことが起こることがあるんだ…とヒロは思った。

その瞬間だった。
ヒロの脳裏にあのバーでの一場面が浮かび上がった。

そして心の中に声が聴こえた気がした。

【人生にはこんなことが起こるものです】

ヒロはミヤモトと飲んだあのバーで見かけた紳士のことを思い出した。

ヒロたちの座るカウンター席から少し間をあけて座っていた、
あの不思議な雰囲気の紳士。

落ち着きがあり、威厳があり、
奥深い静けさと柔らかな優しさ、そして気品。

とても不思議な雰囲気の紳士だった。

バーでの勘定を終え、ミヤモトとヒロが店を立ち去ろうとしたとき、
ヒロは一瞬、紳士と目が合った。

それはほんの一瞬の出来事だった。

あの瞬間、ヒロの心がスッと静まった。

まるで世界から音が消え、すべてが動きを止めたかのようだった。

一瞬でヒロの心は静寂に包まれた。

その瞬間聴こえた気がした。

【人生にはこのようなことが起こるものです】

あれは紳士の言葉だったのだろうか。

紳士と目が合ったことに気づいて我に返ったヒロは、
慌てて紳士に会釈した。

紳士は優しい笑みを浮かべ、瞼で会釈し、それに応えた。

人生にはこのようなことが起こることがある。

ヒロが道に迷い、どうしていいかわからなくなった時、
ミヤモトは本を忘れ、ヒロはそれを手に取った。

そこにはヒロが求めていた、
それも心の奥底で求めていたことが記されていた。

そしてミヤモトとの再会。

ミヤモトは背中をみせながら、
密かにヒロの背中を押してくれたようだった。

一見出来すぎたような展開。
まるでわらしべ長者のようだ。

人生にはこのようなことがあるのだ。

そういえば以前、スタンフォード大学のクランボルツ博士の、
計画的偶発性理論についてなにかで読んだことがあった。

それは個人のキャリアの8割は予想しない
偶発的なことによって決定されるという考え方に基づき、
その偶然を計画的に設計し、
よりよい自分の人生キャリアを構築していくという概念だった。

今回自分は身をもってそれを体験しているのだとヒロは思った。

ヒロには自分の能力を伸ばしたい、
能力を開発したいという秘かな思いがあった。

そして困っているクライアントに、
どうしたらよりよい成果を提供できるのだろう?という思いがあった。

ヒロのこの思いが、ヒロの行動に自分でも気づかぬうちに方向性を持たせ、
次の展開を生み出したのかもしれない。

「その人の求める答えはすべてその人の中にある」

ヒロがずっと探し求めていたものは、まさにこれだと思った。

そしてヒロは心の何処かでこのことを知っていた気がした。

自覚はなかったが、認識していなかったが、
はじめから知っていた気がした。

そう、ミヤモトがあの日、バーでヒロに語ったように、
まさに答えは自分の中にあったのだ。

そしてこの本はきっと、自分の中にある答えの
答え合わせのようなものなのだろうとヒロは思った。

知っていながら知らなかったこと。

知っていながら、
知っているということに気づいていなかったこと。

そのことを今、知ったのだ。

かつてある経営者がこんな「ことわざ」を教えてくれたことがある。

鳥には空気が見えない

魚には水が見えない

人には自分が見えない

そう、自分は心の奥深くで知っていたのに、
今まで自分が知っているということを、全く知らなかったのだ。

本当は心の奥深くで知っていたのに、
そのことに気づいていないことすら、これまで気づいていなかったのだ。

人生はなんと奥深いのだろう!

ヒロは自分が奥深くで知っていたということに気づいたとき、
こころが、身体もがワクワクするのを感じた。

ああ、これがワクワクなんだと感じた。

ヒロは家に帰るとすぐにパソコンの電源を立ち上げ、
コーチングについて検索を始めた。

探したのはコーチングが学べるところだった。

この当時、日本でコーチングを学べるスクールは一つだけだった。

〇〇コーチングスクール。

あった!みつけた!

ヒロは嬉しくなった。

ヒロはすぐにでも学びたいと思っていた。

スクールの詳細をウェブページの隅から隅まで読み込んだ。

そしてスクールの説明会の日程が書かれているのを見つけた。

ありがたい!近くでやっている!

ヒロは即座にスケジュール帳を開くと予定に書き込んだ。

そしてウェブで説明会の申し込みの手続きをした。

申し込み手続きをして、スケジュールを書き込んで、
一息ついたとき、ヒロは自分がワクワクしていることをあらためて実感した。

しばらく忘れていたな、この感じ。

ヒロは誰もいない部屋でひとり笑顔になっていた。

ふと気が付くと窓に映る自分のニヤニヤした顔に気が付いた。

思わず気恥ずかしくなって、一瞬真顔になる。

が、その真顔にヒロは思わず吹き出してしまった。

心は軽かった。

未来はとても明るいものに思えた。

こんな感覚、本当に久しぶりだ。

説明会の当日が待ち遠しい。

その夜、ヒロは久しぶりに遠足前夜の子供みたいに、
なかなか寝付けない夜を体験した。

そしてそんなことさえも、嬉しく感じるのだった。


Quest_07: まるでわらしべ長者のような、一見出来すぎたような展開を体験したことは?

偶然が偶然を呼び、思いがけないことが立て続けに起きる。

そんな体験をしたことはなかったでしょうか?

一見、偶然のように思えることが起きたとき、それをたまたま起きた出来事とみなすこともできます。

ですが、それが本当は偶然ではなく、あなたがあなた自身も気づいていない奥深くで意図したことが作り出したとしたら、その意図とは何だったのでしょうか?

今回の問いは、すぐに答えが浮かぶものではないかもしれません。

ただ、この問いを考える時間をあなた自身にプレゼントしてください。

思いがけないタイミングで何かが浮かんでくるかもしれません。