とあるコーチの物語~The story of a certain coach

第16話「とあるコーチの物語」

Responsive image

その男性との出会いはヒロがかつて務めていた会社のクライアントからの紹介だった。

男性の名はAさんといった。
有名な運送会社の2代目社長だ。

小さな運送会社の経営を父親から引き継ぎ、
会社をフランチャイズ化して、数年で全国展開規模の企業にした敏腕社長だ。

ヒロもよく知る有名な会社だったので、
紹介されて初めてのコーチングセッションのときはとても緊張した。

Aさんはとてもポジティブな人物だった。

前向きでポジティブで、愚痴や不満が出ることなく、
問題解決志向の強い人だった。

前向きで行動的で、「ああ、こういう人がどんどん成果を挙げ、成功していく人なんだな」とヒロは思った。

Aさんは仕事上の頭の整理のためにコーチングを受けていた。

アイデアを明確に整理し、解決したい課題を明確に整理し、
答えを明確に導き出し、頭の中を整理して、
いつもポテンシャルを引き出せる良い状態にしていたい。

そういう思いからコーチングセッションを受けてくれていた。

Aさんはいつも前向きでポジティブで、
会話も歯切れよく、コーチングセッションは毎回
明るくキチンと思考が整理されていくセッションだった。

毎回セッションはそのような感じで回数を重ねて行った。

そんなAさんのコーチングセッションをはじめて3か月くらいたった時のこと。
その日はやってきた。

その日もいつものようにセッションは始まった。

その日の Aさん の雰囲気というか空気感はいつもと違っていた。

なにかが…違っていた。
どこか陰りががあるような…そんな感じだった。

ヒロは内心、どうされたのかな?
なにかあったのかな? と感じていた。

そうしてセッションが進んでいく中、
ふとしたきっかけで、ふいにAさんは愚痴っぽいことを珍しく言いだした。

「会長がねぇ…」

「あ、はい」

「…親父が、反対してくるんですよ」

ちょっと弱気そうな…それでいてなにか面白くなさそうなAさん。

その様子から、いつものAさんとは違うネガティブな気持ちが伝わってきた。

こんな姿初めて見たなとヒロは思った。

Aさんでもこんなふうなときがあるんだ…そう思った。

そうしてしばしの沈黙があった。

ヒロはAさんの様子をしばらく黙ってみていたが、
ふと思い立って口を開いた。

「よかったら、それをテーマにやってみませんか?」

「え?」

「会長…お父さんとのこと、
それをテーマに今日はコーチングしてみませんか?」

思いがけないヒロからの提案にAさんはちょっと戸惑った様子だった。

ヒロがこの提案をしたのは特に深いわけがあったわけではなかった。
ただこのテーマを、コーチングのとして扱ったらいいんじゃないか?
そう思ったのだった。

Aさんはあまり気乗りしていない様子だった。
あまり話題にしたくない…というか見たくない。
そんな空気感が漂ってきた。

が、しばし考え込んでから「ヒロさんがそういうなら」とAさんは
半ば渋々という雰囲気ではあったものの、
お父さんとのことをテーマにコーチングをやることを選択された。

こうしてAさんとお父さんとの関係をテーマに、
コーチングセッションは始まった。

「会長はどんなときに社長に対して反対されるんですか?」とヒロは問いかけた。

するとAさんは「全部ですよ!」と言った。

「全部ですか?」

「そう、全部です!」

その口調からAさんの強い苛立ちが伝わってきた。

「自分がこうしようと言うと、親父は全部反対してくるんですよ」

「どんなアイデアも、頭ごなしに反対されるんです」

Aさんはもうほとほと嫌になっているというふうだった。

自分がいいと思ったアイデア、やりたいこと思ったことを
ことごとく反対されるという。

そんなことがずっと続いて、Aさんはもう父親には何を言っても無駄だ。
言えば反対される。
どうせなにを言っても頭ごなしに否定される。
反対され、否定されたら嫌な気持ちになる。

それならもう、はじめから何も言いたくない。
言わないほうがマシだ!

そんなふうに感じていることをこぼされた。

ヒロは黙って頷きながら、Aさんの話に耳を傾けていた。

Aさんは胸に溜った思いを吐露され、そして少しの間沈黙した。

そこでヒロはAさんにこう問いかけてみた。

「会長は…お父さんは、
どうして社長のやろうとすることに、そんなに反対されるんでしょう?」

「きっと、オレのことが嫌いなんだろうな。いや、嫌いなんだよ!」

Aさんは半ば吐き捨てるように即答した。
即答だった。

そしてその口調とトーンは、もうやけくそだった。

チッ!とAさんの舌打ちの音が小さくだが聴こえてきた。

Aさんの無力感、苛立ち、やってられるか!という思い、
父親に何を言っても無駄という諦めの気持ちが伝わってきた。

ヒロはしばし様子を見て…そして再び問いかけた。
そうした方がいいと感じたからだ。

「会長はどうしてAさんのことが嫌いだと思うんですか?」

少しの間をあけて…
「親父はオレに嫉妬してるんだ」とAさんは言った。

「親父は小さな運送業を一人でやっていたんですよ」
「それを僕が全国展開するぐらい大きくした」
「そのことが面白くないんですよ、きっと」

そしてまた苛立ちを漂わせる間がやってきた。

しばしの沈黙を守ってから、ヒロは再び問いかけた。

「どうして会長は社長のやろうとすることに、そんなに反対されるんでしょう?」

すると今度は少しの間があって…そしてAさんは口を開いた。

「商売をなめるなよ…そう言いたいのかもしれませんね」と答えた。

先ほどまでと少し空気感が変わっていた。
先ほどまでのやけくそな雰囲気から少し冷静さが戻り、
Aさんの空気がニュートラルなものに戻ってきた。

「『うまくいっているからって有頂天になるなよ!』ってよく言いますから」

そこでヒロはまた問いかけた。

「会長は…お父さまは、なぜ有頂天になるなよと言われるんでしょう?」

…………….。

すると沈黙がやってきた。

さっきまでと空気の違う長い沈黙……….。

ヒロもしばし沈黙して様子をみた。待つことにした。

そして今度は言葉を変えてこう問いかけた。

「会長は本当はなにを伝えたいんでしょうか?」

するとAさんは「…失敗してほしくないんだと思う…」と言った。

さっきまでのAさんと雰囲気が変わっていた。
トーンがまた少し変わってきた。

そして。

「どうして失敗してほしくないと思われているんでしょう?」

ヒロはそう問うた。

また沈黙がやってきた。

………………..。

今度の沈黙は長かった。

なかなか返事が返ってこなかった。

長い….長い…長い沈黙がしばらく続いた。

ヒロはじっと待った。

すると…………嗚咽が..聴こえてきた。

Aさんは…泣いていた。

それは…長く続いた。

ヒロは沈黙してAさんが自分から話しはじめるのを待った。

黙って…沈黙して…待った。

「…心配で…失敗してほしくないんだ…と思う」
「だから…だから…口酸っぱくして何度も言ってくれてたんだ…」

その声は震えていた。
涙に濡れたその声は、さっきまでのAさんの声とは違っていた。

そしてまた嗚咽が聴こえてきた。

そこからAさんは長い間、泣き続けた。
溢れだしたものをこらえきれず、涙がとめどなく溢れてくるようだった。

ヒロは胸が熱くなるのを感じた。
ヒロも涙が溢れそうになった。

それをヒロはぐっとこらえた。

そしてAさんの言葉を待った。

長い嗚咽が続いて…ようやくAさんは話しはじめた。
その声は涙声だった。
声が震えていた。

「オレは…会長から嫌われていると思っていた」

「だけど…親父はずっと俺のことを心配してくれていたんだな」

「…口出ししていたのはオレのことが心配で… あぁ、きっと愛情の裏返しだったんですね」

ヒロの胸は熱く震えた。
涙がこみ上げるのをぐっとこらえ続けた。

だがそうはいっても…耐え切れず、涙はスーッと頬を伝わった。

なんとか平静を保とうとしてぐっとこらえたが、
胸から湧き上がる熱いものに、ヒロの胸は震えていた。

「今日はありがとう…ございました」

セッションの最後にAさんはそう言われた。

こうしてこの日のセッションを終えた。

そうして…数週間後。

次のセッションの時、Aさんはその後どうなったかを話してくれた。

会長は相変わらずだそうだ。
相変わらずダメ出しばかりしてくるそうだ。

だがAさんの声は明るかった。

「親父は相変わらずです」
「相変わらずダメ出しばかりしてきますよ(笑)」
「でもいいんです」

その声は明るく、そして優しかった。

「見た目はどうあれ、深いところで愛されているということを
わたしはキャッチできるようになりました。
愛されているんだって実感が湧くようになりました」

ヒロは嬉しかった。

そして驚くことをAさんは話してくれた。

「息子がね…あまりなついていなかった息子がね、
パパ、パパって近づいてきてくれるようになったんですよ」

「妻も『あなた優しくなった』と言ってくれます」

表面上、父親である会長は何も変わっていない。
だけど、Aさん本人が変わったら子供や奥さんとの関係が全部変わったのだ。

ヒロはそのことに感動した。

そうしてAさんは「今度一緒に美術館に行こうよ」と
父親を誘ったそうだ。

会長と社長の関係が変わると会社の在り方が変わる。

社員たちは親父さんとの関係を見ている。
表面上は以前と変わらなかったとしても、その場の空気の違いを社員たちは感じる。

その場に愛が流れている。
それを職場の人たちは感じ、安心する。

Aさんの人生は変わった。

ヒロは今もAさんとのこのセッションのことを思い出すと胸が熱くなる。
涙が出てくる。

そして、この出来事はヒロの人生観も変えた。

コーチングは…このコーチングセッションというものは、本当に人生を変えるんだ、と。

毎回こんなことが起こるわけではない。
だけど、セッションは本当に人を変え、
人生を変えるんだとヒロは心の底から実感したのだった。


Quest_16:誰かのネガティブな言動の奥にある真意に気づいた体験は? 

「この人、なんでいつもネガティブなことを言うのかな・・・」

愚痴っぽかったり、誰かの悪口を言ったり、不平不満を言ったり、否定的な発言ばかりする。

これまでにあなたも、一人か二人は、出会ったことがあるのではないでしょうか。

そんなネガティブな言動を見聞きすると、その人から離れたくなるのは当然です。

そして、「あの人はネガティブな人だ」とレッテルを貼って、関わらないようにすることもできるでしょう。

しかし、もし、相手のネガティブな言動の奥にある真意に気づくことができたとしたら、相手のことが全くの別人のように見えるかもしれません。

そして、そんな体験をしたことがあるという方もいるでしょう。

誰かのネガティブな言動の奥にある真意、つまり、肯定的な意図を探ってみてください。

すでに価格が決まっている人も、これから価格を決める人も、どんな意図で価格を決めたのか、決めるのかを改めて考えてみてください。

もちろん、ネガティブな感情を無視しろというわけでは全くありません。

イヤだなとか、めんどくさいなとか、そんな気持ちが出てきたらちゃんと受け止めた上で、少し気持ちの余裕があるときに、その奥にある真意(肯定的な意図)って何だろう? と自分に問いかけてみてください。

すぐに思い浮かばなくても大丈夫です。ふとした瞬間に気づくこともありますので。