朝比奈映未 オフィシャルサイト

ワタシとおしゃれの微妙な関係

もう、諦めたっていいんですよ。

今やもう、何をどうしたらいいのか分からないし。

でも、なかなか吹っ切れないもんです。

グダグダなまま、腐れ縁でつないでいるのが

ワタシとおしゃれとの関係です。

 

20代の頃は先頭軍団のはるか遠くからでも、まだ伴走していた感があるのですが。

30代の頃、先頭が全く見えなくなった途端に、脱落しました。

何を着たらいいのか、さっぱり分からないーおしゃれ難民になって、もう幾年月過ぎたでしょうか。

いっそ「布を身にまとっておけばイイでしょ!」と、世間様に開き直ってもいいのですが。

それでは気が済まない自分もいるのです。

 

いくつになっても女心は枯れないのでしょうか・・・普段よりおしゃれした日には、やはり気持ちが華やぎます。

きれいな装いをした自分を感じるのは、心地いいもんですね。

しかし、芸能人でもない自分は、日常で着る服は自分で調達しないといけませんが。

これにアタマを悩ませるのです。

自分にはどういう服が合うのか。

時々の流行も鑑みながら、色合いや組み合わせを、小物も含めてコーディネートする

そのセンスというか、スタイリング力がすっかり衰えています。

普段、料理をしない人が、レシピ集をみてもすぐには作れないように

雑誌をみたところで、何をどう参考にしていいのか分かりません。

料理も日々の実践で勘どころが磨かれるのと同じで、ファッションセンスも一朝一夕では身につきません。

マネキンのよう、誰かが毎日着せ替えてほしいです、いっそのこと。

 

そろそろ服を買いに行かなきゃと、重い腰をあげて、ショップに向かってみても

ボーゼンと眺めるだけで、何を手に取ればいいのかすら分かりません。

足早にショップを去ったあとに向かうのは・・・とりあえずユニクロ!

こうして、無難なワードローブがまた一つ増えてゆきます・・・トホホ

 

「あぁ、そういう女の人、本当にたくさんいるから大丈夫よ!」

女性は誰しもおしゃれに興味がある、そんな世間の風潮のなかで

私みたいに、何を着たらいいのかさえ分からない・・・

服を買いにいくのが苦痛、そんなのオンナとしてアリなのか!

40代に差し掛かる頃まで、人知れず悩んでいたのですが。

友人のファッションスタイリストは、ケラケラ笑いながら励ましてくれました。

私だけじゃなかったんです!

「おしゃれを考えるのって、面倒だよね~。」と、堂々と言えるようにはなりました。本当に友人に感謝!

これで、すべてがオールオーケーなら一件落着ですが

ダサくてもいいんです! そう心底思い切れないのが、自分の泣き所です。

 

もう、おしゃれにアタマを煩わせたくない 多数派の自分と

それでも、多少センスのいい服を着よーよと主張する 少数派の自分と

今日もひそかに、議席争いしています・・・とほほ

 

 

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投稿日: 2019-07-12

「カラダにいいこと」がアダになる

「健康のためには、コレがいい!」

ちまたでは、さまざまな健康法があふれかえってます。

今、現在では信じて疑わないものもたくさんありますが・・・

残念ながら、数十年後には評価がひっくり返っているかもしれません。

 

ここ数年で、母の耳はどんどん聞こえづらくなりました。

母と話すときは常に、声を張り上げています。

経験者には分かってもらえますが、少しずつ微妙なストレスが積み重なってきました。

母に説明しようにも、公共の場では周囲に気を遣います。また、私が問いかけても、全く違う答えが返ってくることも頻繁です。

私も手をこまねいたいた訳ではなく、長年にわたり補聴器を勧めてきました。

しかし、母はまったく気乗りせずで、時だけが過ぎてゆきましたが。

最近ようやく、補聴器センターに一度話を聞きに行くまで漕ぎ着けたのです。

 

年齢だから仕方がない・・・

聞こえの問題は、それで済まされがちです。

しかし、実は長年の習慣も、高齢になってからの難聴と関係している。

近年、このことが明らかになってきたのです。

「お母さん、今も耳掃除ってしてる?」

「うん、よく耳かきで取ってるよ・・・。」

「・・・・。」

 

耳垢をためてはいけない。マメに耳かきで取るべし-

私が子供だった頃、耳掃除は当たり前のよう親の役目でしたし。

高校生の頃、学校で行った耳の検査に引っかかったこともあります。

「耳垢がたまっているから、家でしっかり掃除しなさい!」

みんなの前で、学校医に怒られて恥ずかしい思いもしました。

そんなこともあり、私も20代の頃はマメに耳掃除してました。

当時は、耳掃除を商売にするお店まであり、わりと繁盛していたようですが。

今では、耳掃除に関する常識が180度ひっくり返っています。

「耳のなかはいじるな! 耳掃除なんて年に2度程度でよし。」

「しかも素人は手を出さず、耳鼻科に任せるべし。」

「耳垢も、耳を守る役割がある。そっとすべし」

先日も、耳鼻科医がそう訴える記事をみました。事実、娘の耳垢を取るために受信した耳鼻科でも、同様にたしなめられました。

理由はこうです。

非常に繊細な器官である耳を、耳掃除でいじると傷つけてしまいます。

長い間、耳掃除を当たり前に行った世代が高齢となり、医学的に調べた結果、それが難聴の原因と結びついたとのことです。

 

昔はさんざん、耳鼻科医も耳掃除をしろ!と言ってました。

今となっては、耳鼻科医自らが、難聴の原因となる!と警告しています。

ということは・・・。

今、現在「良い!」「最高!」と言われる健康法や健康情報も、何十年か後には覆される可能性があるのです。

歳月による経過観察でしか、分からないこともあるのでしょうが。

良いと信じてやってきたことが、健康を損ねる一因となるのは、何ともやりきれないですね。

 

 

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投稿日: 2019-06-19

まじめがいちばん!

「君って、真面目だよな~。よくやるなぁ~。」

そう揶揄する場面に出くわしたことはないでしょうか?

「俺なんか、適当にやっちゃってるけどね!」
「私なんてね・・そこまでできないわ~。」

薄いせせら笑いとともに「真面目だなぁ」と、私もよく言われます。

本人としてはきちんとやっておく方が、後々のためだったり

ただ、やるべきことをやっただけだったりするだけですが。

 

そこで、疑問に思うことがあります。

なぜ「真面目」は揶揄されがちなのでしょうか。

自分が言われ続けてきたなかで、または、他のひとがそう言われているのをみて・・・
少しずつ見えてきたものがあります。

それは、ほぼ確信に近いものです。

 

私が「真面目だなぁ」の言葉を不可解に感じるのは、その言葉そのものではありません。

発言と同時に発せられる、粘っこいエネルギーのせいです。

その粘っこさは、どこから来ているでしょうか。

そもそも圧倒的な行動とともに結果を出している人は、他人に対してそんな揶揄はしません。

彼らにとって、やるべきことを真摯にやるのは当たり前です。

それで結果を出してきた訳ですから、他人を揶揄する必要がないのでしょう。

そう!

ちょっと辛口になりますが。

「真面目だなぁ」マウンティングを仕掛けるのは、ソレしか相手に対して優位な立場に立てないからではないでしょうか。

 

自分のプライドを高めるには、2つの方法があります。

自分も同じく真摯に取り組むか。

マウンティングで相手をさげ下ろすか。

「そんなこと、真面目にやったって~。」

懸命に取り組む他人を見下ろしたところで、得られるのは一時的な優越感だけです。

そもそも

真面目にやることが大事ではないし、目的でもありません。

結果として真面目にやり続けること、それが自分が望む方向にたどり着くための手堅い手段なのです。

 

 

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投稿日: 2019-05-21