ダウンサイズ

一度しかない人生、もし大金持ちで大豪邸に住めるチャンスがあるとしたら・・・
ただし、チャンスをつかむための条件が一つあります。

「ダウンサイズ ー 身体を縮小して13センチの人間になること」

食べるに困らないけど、念願のマイホームには手が届かない。
マット・デイモン演じる主役のポールと、その妻のオードリー。この夫妻は、アメリカの典型的なミドルクラスです。

映画の中では、ダウンサイズという新しい技術が話題となっていました。

これはノルウェーで開発された、生物を14分の1(人間の場合は約13センチ)に縮小する技術のことです。人口問題、環境負荷、経済格差など地球に山積する問題に向けての解決策として、編み出されたものでした。

ポール夫妻が同窓会に出かけたとき、ダウンサイズした同窓生がいたのです。
充実した毎日を送る彼をみて、目の色が変わります。
ダウンサイズすることで、今の自分達の資産でも充分、豪邸に暮らすことができる。しかも食料などのコストは驚くほど少ない。

一世一代の願いをかけて、ポール夫妻もダウンサイズすることに決めたのです。
しかし、ここでポールに誤算が生じます。

ダウンサイズの手術の途中で、妻のオードリーは怖くなって逃げ出したのです。
オードリーからの電話を出た時、すでにポールはダウンサイズした後でした。
もう後戻りできません。
妻とは離婚し、ミニチュアの世界を一人で生きることになったのです。

小さな人間用に整備された世界では、広々として美しい空間が待っていました。
ポールも、念願だった豪邸を手に入れたのです。
さらにパーティ好きな真上の住人に誘われて、夜通し飲み明かすことも。

新しい女性とも出会い、そこでの生活はバラ色のはずなのに・・・ 何をしても満たされないポールの姿がありました。

しかも、華やかに見えた世界のメッキが剥がれてきたのです。
経済格差を是正するために作られたにも関わらず、貧富の差は存在します。
(旧来の世界の)政府に逆らった罰として、ダウンサイズさせられた人までいたのです。

人生を賭けたにも関わらず、そこは決して桃源郷でなかった・・・

図体が小さくなったからといって、元々抱えていた人間の問題までダウンサイズされる訳ではありません。
どんなに理想的な世界を編み出しても、人間の中身が変わらなければ、同じことが繰り返されるだけだったのです。

変化を遂げる前の世界と、遂げた後の世界。
確かにポール自身、バラ色に変わったとは言えません。

「成功したら、幸せになれるはずだった。しかし、そうではなかった・・・。」
成功を遂げた人たちの告白として、私たちもこんなセリフを目にしたことはないでしょうか。

全てを賭けて努力しても、憧れていたものとは違うかもしれない・・・
夢だと言ってみても、所詮は今の自分からの逃げではないか・・・

現状をとどまる正当性は数えきれませんが、それでも成功を目指す人の群れは、絶えることはないでしょう。

そこに何があるのか はたして 何も無いのか
そこに行って自ら確かめてみるしか、永遠に分かりません。
体験しない限り、見果てぬ夢は終わらないのです。

ダウンサイズを中断した妻のオードリーは、元々の世界に戻りました。
映画の中では、その後のオードリーの姿はありませんでしたが。

もし想像するならば、です。
オードリーがあの時下した決断を、100%ヨシと自信は持てないのではないでしょうか。

戻った現実世界のなかで、やはり辛い体験があったとき

あの時、ダウンサイズしていれば・・・
下した決断は正解ではなかったのか・・・

オードリーは、選ばなかった世界があるゆえに、迷いや後悔が生じるはずです。

しかし、どうでしょうか?
体験した上で、元の世界に戻る決断をしたら・・・
(映画では、ダウンサイズ後に元に戻るのは不可能でしたが)

憧れという逃げ場がなくなる以上、もう腹をくくるしかないでしょう。
雲の上の世界は未知である限り、不安も憧れも・・・様々な可能性を秘めているからです。

芋虫が脱皮して蝶になるように 自分をガラッと変えたくなるときがあります。

「今いる場所が一番だよ。」
「 今の自分に満足できないヤツは、どこに行っても同じ。」

確かに正論です。
正論なのですが。

うまくいかないかも・・・心がさっと曇っても
あとで後悔するリスクがあったとしても
とにかくやってみる ー それしか選べないときも人生にはあるのです。

人間は体験しないと、終わらない生き物ですから。