新しいことば 新しい世界

嬉しい 悲しい 楽しい 腹が立つ

辛い 苦しい 恥ずかしい ときめく などなど

感情をあらわす言葉は、いくつもあります。

感情にうごきがあったとき、当たり前のごとく言葉に置き換えていくのですが。

ときどき私は、おさまりの悪さを感じます。

例えば、何かのきっかけで、不穏な感情が起こったとしましょう。

長年のクセでしょうか、すぐに落としどころを決めてしまいます。

「ムカつくなぁ」

レッテルを貼ることで、揺らいでいた液体が、怒っている自分へと固体化するのですが。

 

ただ、きめ細やかに感覚や感情と向き合っていくと、無理が生じてきます。

手持ちの言葉だけでは、全てを当てはめようがない場合が増えるからです。

怒っている、でも微妙に違うような気がするし。

イライラも感じるけど、不安も混ざっているような・・・。

どの言葉にも、厳密には当てはまらないとしても

私たちはいつも無理やり、一つの言葉に押し込めてはいないでしょうか。

例えば、上記のように何とも言い切れないものを、「怒り」とだけ判定してしまうこと。

赤むらさきや赤みを帯びたピンクでさえ、全部「赤」と見なしてしまうようなものです。

そうなると、いつもの通りです

ソレを感じたときの、自分のパターンが発動するだけではないでしょうか。

 

はじめに言葉ありき 

言葉なしでは、何かを認識できないのが人間です。

そして認識できないものは、この世界には存在しないのと同じです。

目の前の出来事を、パズルのように使い慣れた言葉で当てはめていくこと

それは生きていく上では便利ですが、変わらない世界がずっと続くことを意味します。

私たち人間は、すでにある言葉を選ぶだけではなく、言葉を新たに作り出せる存在であるはずです。

それが、新しいものを生み出していく可能性になるではないでしょうか。